No.002 人と技術はどうつながるのか?
Scientist Interview

コンピューターサイエンスとデザイン思考の未来

──ここ数年は学内のDスクール(デザイン・スクール)との関わりも増えているようですね。

Dスクールは、学部の壁を超えたスタンフォード大学の超領域的な教育プログラムです。ここでのコースは多岐に及んでいますが、すべてに共通しているのは「デザイン思考」を教えるということです。デザイン思考とは、人々が必要としているものから何をデザインすべきかというインスピレーションを得て、プロトタイプを作ってそれをテストし、最終的に結果を生み出すというプロセスを指します。またそうする中で、「クリエティビティーに対する自信」も植え付ける。つまり、自分自身が必ずしも天才である必要はなく、目の前の問題をどう捉えるべきかを理解し、問題を解決するのに適した人々と組めばいいということを学ぶのです。

d.schoolの超領域的な教育プログラムのイメージ
[図表1] d.schoolの超領域的な教育プログラム。バイオメディカルから、エンジニアリング、教育、ビジネスまで幅広いジャンルで「デザイン思考」を学べる。

──具体的にはどんなプロジェクトを進めているのですか。

過去3年間やってきたのは、ケニアのナイロビの健康問題や経済問題を解決するために、シンプルなテクノロジーを応用するプロジェクトです。現地で現実味のあるテクノロジーと言えば、スマートフォンですらない、ごく単純な携帯電話。これを使って、非常に身近な問題を取り上げながらも、社会的に大きなインパクトを持つような事象を扱います。ナイロビ大学や地元のNGOと協力して行っています。

──そうしたプロジェクトは、ご専門のコンピューターサイエンスとはどんな関わりを持つのでしょうか。

いわゆる情報とコンピューター・テクノロジー(ICT)と呼ばれるものが実際の生活の中でどう使われているのかに関わっています。コンピューターサイエンスの深い技術は要りませんが、どこにテクノロジーが求められているのか、テクノロジーをどう社会に統合するかの部分に焦点があります。

──コンピューターサイエンスは、これからどんな方向へ進むと思いますか。

大きくなるのは、セキュリティー分野でしょう。スタンフォード大学のHCIグループの中でも、数学理論とプログラム言語を専門にしていた研究者が二人ともセキュリティーに移りました。その背後には、人に親切なものだったコンピューターが悪いことをするものに変わり、それを防がなければならなくなってしまったという事情があります。HCIでは、30年前にマーク・ワイザーが「ユビキタス・コンピューティング」で予測したように、身の回りすべてがコンピューターになり、グーグルグラス(グーグルが開発中の眼鏡型の超小型モニターとコンピューター)のような身につける小さなコンピューターも出てきました。そうした時に、プライバシーは重要な課題になります。なぜなら、人は刻々と記録されデータをモニターされることになるからです。どこまでそれを容認できるのかは大きな問題です。セキュリティーやプライバシーはエンジニアリングの対象でもありますが、かなりの部分はHCIの領域に関わるのです。

Profile

テリー・ウィノグラード
スタンフォード大学教授 コンピューター科学者、人工知能学者

1946年生まれ。1966年にコロラド大学にて数学を、1967年にはユニーバーシティ・カレッジ・ロンドンで言語学を学ぶ。1970年にMITで応用数学の博士号を取得。
Xerox社のB.G.ボブロウと共に知識表現言語「KRL」を開発したことで知られている。ウィノグラードの研究はソフトウェア工学よりも広い意味での「ソフトウェアデザイン」に焦点を当てたものである。1995年よりウィノグラードは、ウェブ検索を含む研究計画に参加していたスタンフォード大学の博士課程の学生ラリー・ペイジの指導を引き受けている。ペイジは1998年にスタンフォードを休学しGoogleの共同設立者となった。2002年には、ウィノグラードもグーグルで客員研究員として過ごしている。近年、ウィノグラードは、スタンフォード大学Dスクールにて、人間とコンピューターの相互関係(Human-Computer Interaction, HCI) の講義とセミナーを担当している。
http://hci.stanford.edu/winograd/

Writer

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。上智大学外国学部ドイツ語学科卒業。雑誌社で編集者を務めた後、フリーランスに。1996-98年にフルブライト奨学生として(ジャーナリスト・プログラム)、スタンフォード大学工学部コンピューター・サイエンス学科にて客員研究員。現在はシリコンバレーに在住し、テクノロジー、ビジネス、文化一般に関する記事を新聞や雑誌に幅広く寄稿する。著書に『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』(TOTO出版)『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』(TOTO出版)、訳書に 『ソフトウェアの達人たち(Bringing Design to Software)』(アジソンウェスレイ・ジャパン刊)、『エンジニアの心象風景:ピーター・ライス自伝』(鹿島出版会 共訳)などがある。

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