No.013 特集 : 難病の克服を目指す
連載02 デジタル化した触覚がUIとメディアを変える
Series Report

感触は、触覚だけで感じているのではない

いきなり、問題を複雑にしてしまうような話をしたが、人が触覚だけで実体感を感じているわけではないという事実は、実体感を伝送・蓄積するメディアを実現するうえで、技術的なハードルを下げる朗報でもある。物理的な触感を忠実に作り出さなくても、うまく「感触作り」をすれば、実体感を伝えられる可能性があるからだ。現在、触覚に訴えるメディアの開発現場では、視覚や聴覚と併用して「感触作り」をする技術の探究がトレンドになっている。

2009年にフランス国立情報学自動制御研究所のAnatole Lecuyer氏が発見した「擬似触覚」と呼ばれる現象を活用した技術がある。人は、生きてきた経験の中で、触覚と視覚から得た情報を結びつけて記憶している。疑似触覚とは、たとえごくわずかな触覚刺激しか与えられなかったとしても、記憶を呼び起こす映像があれば、記憶が知覚情報を補完して実体感を得られるという現象である。場合によっては、触覚情報なしでも、実体感を得られてしまうことさえある。

疑似触覚の一例として、立命館大学教授の木村朝子氏の研究を紹介しよう(図2)。まず、ヘッドマウント・ディスプレイ(HMD)を装着した人にカバンを持たせる。そして、カバンを動かしてもらい、その様子をHMDの映像として見せる。次に、そのカバンに液体が入ってくる映像を見せると、実際には重さが変わらないにもかかわらず、重くなったように感じてしまう。しかも、中の液体の粘度が高くなるほど、カバンを重く感じるようになるという。

錯覚を利用した複合現実感による触覚表現の強化実験
[図2] 錯覚を利用した複合現実感による触覚表現の強化実験
出典:佐野洋平、橋口哲志、柴田史久、木村朝子、「動的に変化する複合現実型視覚刺激が重さ知覚に与える影響」、日本バーチャルリアリティ学会論文誌、Vol. 19, No. 2, 2014

疑似触覚を活用すれば、触感を忠実に再現する機械がなくても、視覚的な刺激など記憶を呼び起こすきっかけを与えるだけで、びっくりするほどリアルな触覚や力覚を感じさせることができる。この現象は、極めて有用である。しかし、人の触覚にかかわる感覚器は肌に広く分布し、しかも振動や衝撃、圧力など受け取る情報は多様なため、このように広範囲に分布し、しかも多様な感覚器を対象にする出力装置の実現は容易ではない。疑似触覚の活用は、ここに突破口を開け、より単純で小型の装置で人の触覚を自在に操ることができる可能性を秘めている。こうした、知覚の相互作用を利用してリアルな感覚を呼び起こす、洗練された触覚出力技術を「クロスモーダル」、それによって作られる実体感を「複合現実感 (Mixed Reality:MR)」と呼んでいる。

わずかな刺激でリアルな実体感

疑似触覚を利用したクロスモーダルな触覚出力装置は、バーチャルリアリティ(VR)ゲームを楽しむためのコントローラーとして、既に実用化が始まっている。

例えば、OculusVR社の「Oculus Rift」は、手のジェスチャーと指の動きをセンサーで捉え、ユーザーの手を仮想世界に入り込ませて、仮想世界にあるモノに手を伸ばして触ることができる仕組みを備えている(図3)。専用コントローラーである「Oculus Touch」で、モノに触れた時の触覚を振動でフィードバックし、HMDを通じた視覚情報と合わせて疑似触覚を生み出す。コントローラーの振動自体はそれほど大きなものではないが、疑似触覚の効果で、振動の大きさ以上にリアルな触覚を体験できる。

疑似触覚を生み出すきっかけを作る手法も、様々なものが提案されている。東京大学発のベンチャー企業であるH2Lは、電子刺激により手の筋肉を収縮させることで擬似触覚を与える装置「UnlimitedHand」を開発し、商品化した。UnlimitedHandもOculus Riftと同様に、触覚の出力だけではなく、モーションセンサーと筋変位センサーアレイ(筋肉の変動から手指の動きを推定する)によって、VRゲームを操作する入力デバイスとして機能する。これによって、VRゲーム内のキャラクターをなでたり、銃を撃ったときの反動を感じたりできるのだ。一方、産業技術総合研究所発のベンチャー企業であるミライセンスは、実際には何もない空間に、疑似触覚でモノがあるかのように感じさせる「3D触力覚技術」と呼ぶ技術を開発し、ゲームなどの応用に向けて技術供与している。

VRゲーム用に実用化が始まったクロスモーダルな触覚出力機器
[図3] VRゲーム用に実用化が始まったクロスモーダルな触覚出力機器
(左)OculusVR社の「Oculus Rift」と専用コントローラー「Oculus Touch」、(右)H2L社の「UnlimitedHand」

出典:(左)OculusVR社、(右)H2L社

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