No.013 特集 : 難病の克服を目指す
連載02 デジタル化した触覚がUIとメディアを変える
Series Report

東京大学教授の篠田裕之氏のグループは、周波数40kHzの超音波を指先の直径1cm程度の領域に集中させることによって触感を与える、「空中超音波触覚ディスプレイ」を開発した。これは音響放射圧を発生させて指先を押す仕組みである。現時点では、発生させられる触覚は実際のものよりも弱いが、映像と組み合わせたクロスモーダル効果で、十分な実体感を得ることができる。振動波形を変化させることにより、軽い物が衝突する感じ、虫がぬるぬる這うような感じ、あるいは花火が爆発しているような感じなど、さまざまな触感を提示することができるという。

プログラム可能な原子

本連載の最後に、さらに夢のある話題を紹介したい。実体感を伝送・蓄積するだけではなく、本当に触れる実体を自由に伝送・蓄積するというものだ。既に、3次元プリンターの普及が進んでおり、3次元構造モデルのデータを出力すれば、実体のあるモノを自由に作れるようになった。しかし、一度出力したモノはそのままの形状を保ち続けるだけで、任意に形を変えられるような自由さはない。そこで、送信元の動きを反映して、形状を刻々と変えるような技術はできないものか。そのような無いものねだりの夢に取り組む研究者もいる。

第2回でも紹介したマサチューセッツ工科大学(MIT)メディア・ラボ教授の石井裕氏は、「RadicalAtoms」というプログラム可能な原子のコンセプトを提案している。これは、原子のひとつひとつに「Transformable(変形可能性)」「Conformable(形状適応性)」「Informable(伝達可能性)」という3つの性質を盛り込むことができれば、コンピューターで原子レベルの動きやつながりを自在に操って、様々な形状、機能を備えたモノを作りだすことができるだろうという考えだ。とはいっても、実際の原子にそのような性質を盛り込む技術は、すぐには実現できない。そこで、先の3つの性質を持ったブロックを作成し、テーブルや椅子などを自在に構成し、変形させることで、どのような新しい価値を創出できるのか研究している。

一方、カーネギーメロン大学とIntel社は共同で、もっと即物的に同様のコンセプトの実現を追求している。同グループでは、コンピューターでプログラミングした通りの形状に変化させる人工的な原子を「Catom(キャトム)」と呼び、その開発を進めている(図7)。個々のCatomには、演算処理、エネルギーの蓄積、色を変えるための表示機能、通信、センサー、他のCatomとの結合手段などを集積し、最終的には直径300µmの極小球形モジュールに収めようとしている。実現できたときの大きなインパクトを考慮して米国国防総省高等研究計画局(DARPA)が支援する、極めて野心的なプロジェクトである。

操作者と視覚・聴覚・触覚を共有できるロボット「TELESAR V」
[図7] カーネギーメロン大学とIntel社が開発するプログラム可能な原子「Catom」
(上)Catomのコンセプト、(下)Catomの試作品

出典:Claytronics Projectのホームページ

こうしたCatomを使って様々な形状を自由に形成できる技術を「Dynamic Physical Rendering」、またはCatomの集合体を粘土になぞらえて「Claytronics(クレイトロニクス)」と呼んでいる。ただし、同グループの研究は、直径4.4cmのCatomを試作し、その動作を確認して以降、信頼性や機能性、自由に形状を変えるための制御法などに関する発表はあるものの、小型化に向けた大きな進展は公表されていない。Catomを小型化するには、まだまだ技術的な困難を抱えているようだ。

インターネットやIoT、人工知能のように、コンセプトの登場から実用化まで長い時間を要しながら、最終的には時代を変えた技術は枚挙にいとまがない。Catomの小型化を推し進める技術的なブレークスルーが登場すれば、そのインパクトは一気に世界を変える可能性があるだろう。実現に挑む挑戦者が待望されている。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

Copyright©2011- Tokyo Electron Limited, All Rights Reserved.