触覚を伝送・蓄積して新たな応用を拓く

ゲーム以外の応用分野にも、新しい体験や機能を生み出す提案、そしてそれを実現するための技術開発が進められている。ここでは、テレビ放送への応用と、技能継承に向けた応用の提案例を紹介する。

連載第1回で、複雑な触覚を要素感覚に分解する手法の提案者として紹介した慶応義塾大学特任教授の舘暲（たちすすむ）氏は、テレビ放送でのスポーツ中継に触覚伝送技術を盛り込むためのデモシステムを試作した。このシステムでは、バドミントンの試合の中継を想定し、映像の中の選手がラケットでシャトルを打つと、インパクトの瞬間の感触を視聴者が持つラケットに伝えるものだ。視聴者のラケットのグリップには、感触を振動で表現するためのアクチュエーターが内蔵され、振動を映像と同期させることで選手のプレーを体感できる。成功したスイングでは会心の手応えを、失敗したスイングでは打ち損じ感を与えられ､メディアとしての高い完成度を実現している。

NHK放送技術研究所では、映像と触感情報を同時に取得し、視聴者が実体感を得られるような技術を開発中だ（図4）。取得装置では、対象物の3次元形状と硬さを非接触で計測し、提示装置では、映像と共に物体に触ったときに皮膚に伝わる力の分布刺激を与える。3次元形状はレーザー光を対象物に当て、奥行きの情報を計測し、硬さ情報は対象物を超音波で加圧し、微妙な変位をレーザー変位計で計測して得ている。提示装置では、映像のどの部分を触っているかを検知し、取り込んだ3次元形状と硬さの情報を加味して、指先の3つの刺激点に触覚をフィードバックする仕組みだ。既に、目玉焼きの表面の感触を伝えるデモンストレーションを公開している。

[図4] NHK放送技術研究所が開発した形状と硬さの触覚伝達システムのイメージ
出典：半田拓也、清水俊宏、坂井忠裕、｢触覚に対する物体の形状と硬さの表現技術｣、NHK技研 R&D, No.154, 2015.11

慶應義塾大学准教授の桂誠一郎氏のグループは、触覚情報を伝送・蓄積・再現することで、書道の達人の微妙な力加減をロボットアームで再現する「モーションコピーシステム」を試作した（図5）。達人の力加減を記録しておけば、筆使いをデジタル情報として保存できるため、いつでも・どこでも再現できる。開発したシステムでは、力加減を他の人にも伝えることができるため、トレーニングに応用することも可能だという。ただしこのシステムでは、技能を伝える相手の経験や記憶を頼ることができないため、筆遣いを忠実に再現する精密な機械制御技術が欠かせない。このため､疑似触覚に頼らない触覚のデジタル化を追求している点が特徴である。

[図5] 慶應義塾大学が開発した「モーションコピーシステム」
（左）モーションコピーシステムの概略、（右上）書道家の佐渡壽峰氏の筆遣いを再現する様子（右下）再現結果、左が佐渡氏の筆致、右がロボットアームで再現した筆致
出典：慶應義塾大学のプレスリリース

プラズマと超音波で触感を生み出す

何もない空間に、感触を持つ映像を作り出す技術も出てきている。筑波大学助教デジタルネイチャー研究室主宰の落合陽一氏は、「Fairly Lights in Femtoseconds」と呼ぶホログラム映像技術を開発した（図6）^＊1。発振時間が10-15秒と短いフェムト秒レーザーで空中にプラズマを発生させ、輝点を生み出して3次元の像を描く。この技術で描き出した映像は、何と触ることができる。指を近づけると、プラズマによる刺激が肌で感じられるためだ。光を発しているのは超高温のプラズマなのだが、発振時間が極めて短いフェムト秒レーザーを用いているため、皮膚へのダメージはほとんどない。現時点では小さな映像しか描くことができないが、何もない空間に実体感のあるモノが突然現れる魔法のような可能性を感じさせる技術だ。レーザー発振装置は、低価格化が進んでいるため、将来、実体感のある映像を描くメディアとして利用できるようになる可能性は十分にありそうだ。

[図6] 筑波大学が開発した「Fairly Lights in Femtoseconds」
出典：筑波大学デジタルネイチャー研究室のホームページ