No.009 特集:日本の宇宙開発
連載03 実用期を迎えるフレキシブルエレクトロニクス
Series Report

有機トランジスタでノーベル賞

こういったフレキシブルエレクトロニクスの元になっているプリンテッドエレクトロニクスが活発になってきた背景には、有機トランジスタの発明がある。有機トランジスタは、1970年代後半に東京工業大学の白川英樹氏が電気を通すポリアセチレン(プラスチック材料)を発明したことで、開発競争が始まった。(同氏は筑波大学の教授だった2000年に、電気を通すプラスチックの発明でノーベル化学賞を受賞)。その後研究者たちの手によって高性能化が進められ、電子移動度は1cm2/vs程度まで高まったが、残念ながら400〜500cm2/vsの移動度をもつ単結晶シリコンに性能で勝つことはできなかった。そのため、高い性能が求められる一般の演算や制御には使われず、ある程度のスイッチ機能さえあれば動作するディスプレイのような大面積の用途に限定して、最近は利用される傾向にある。

英Novalia社が製作した音の出るブラシやブレスレット、ブック型ピアノ、音源ポスターなど。タッチすると音が出るの図
[図6] 英Novalia社が製作した音の出るブラシやブレスレット、ブック型ピアノ、音源ポスターなど。タッチすると音が出る 撮影:津田建二

プリンテッドエレクトロニクスは、フレキシブルなプラスチックを使うことが多く、軽くて曲げられるという特性を持つため、曲面状の筐体を持つフレキシブルエレクトロニクスにぴったり合う技術である。紙にさえ印刷できるだけではなく、配線の紙をコンデンサの誘電体とみなしてタッチセンサを作った例(図6)もある。ただし、タッチセンサを動かす回路にはごく一般的なプリント回路基板にシリコンチップを実装している。つまり高性能な回路を安く作っている。有機トランジスタはあえて使っていない。これが08号で紹介した英国のNovalia社(参考資料3*3)の製品だ。

量産性も追求

試作品だけではなく、量産性を考えた開発も進んでいる。大面積の薄い基板の上に回路を構成する場合は、量産性を考慮して、ロール・ツー・ロール(R2R)法を使う。これは、一方の端に巻紙のような処理前の基板のロールを用意し、もう一方の端には空のロールを用意して、処理と同時に巻き取っていくやり方だ。アルミホイールや食品を包むラップのような薄いプラスチックのフレキシブルな基板に回路を書いていくため、連続作業ができ処理時間はかなり速い。イギリスでは大学でさえも、このR2R法の機械を設置している(図7)。

ロール・ツー・ロール法による量産機械を学内に設置、量産性を研究する英Swansea大学の図
[図7] ロール・ツー・ロール法による量産機械を学内に設置、量産性を研究する英Swansea大学 撮影:津田建二

フレキシブルエレクトロニクスの利用先として大きな面積を有する製品を優先するなら、ディスプレイやソーラーパネルなどに用途が限定されるが、ウェアラブル製品に応用できれば、触覚センサやヘルスケア端末など、体に沿った形のデバイスまで用途が広がる。実用化して世の役に立つ製品やサービスを出荷することを優先し、トランジスタやLSIは、市販のシリコン製品を利用する。プラスチックにこだわることなく回路を構成できるようになってきたため、フレキシブルエレクトロニクスは実用化のフェーズに入ったのだ。  次回は、有機ELやソーラー、フレキシブルテレビなど最近発表のあった製品を中心に、フレキシブルエレクトロニクスの最新動向を紹介する。

[ 参考資料 ]

*1
「国内ウェアラブル端末の2020年の市場規模は680万台と予測」(2015/1/05)
https://www.seedplanning.co.jp/press/2015/2015010501.html
*2
例えば日本電気硝子や旭硝子などから製造されている薄いガラスは巻き取れる
http://www.neg.co.jp/glass/09.html
*3
「既存技術で、プリンテッドエレクトロニクスを実現。新しいエクスペリエンスをつくる」
http://www.tel.co.jp/museum/magazine/material/150430_interview03/

Writer

津田 建二(つだ けんじ)

国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト

現在、英文・和文のフリー技術ジャーナリスト。
30数年間、半導体産業を取材してきた経験を生かし、ブログ(newsandchips.com)や分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしている。セミコンポータル(www.semiconportal.com)編集長を務めながら、マイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニスト。

半導体デバイスの開発等に従事後、日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者に。その後、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。2007年6月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立。書籍「メガトレンド 半導体2014-2023」(日経BP社刊)、「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、「欧州ファブレス半導体産業の真実」(共に日刊工業新聞社刊)、「グリーン半導体技術の最新動向と新ビジネス2011」(インプレス刊)など。

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