No.008 特集:次世代マテリアル
Scientist Interview

Bluetooth LEとタッチセンサ

──どのようにして動作するのでしょうか?

エレクトロニクス部分は、アップルのパソコンと、近距離無線通信規格Bluetooth LE(Low Energy)、MIDI(電子楽器を通信で接続するための標準規格)プロトコルを使って実現しています。ここは新しいテクノロジーです。アルバムには電池が内蔵されており、電池は1~2年間は持ちます。消費電力を減らすために、光センサを使い、アルバムを閉じるとスリープモードに入るようにしています。この時の消費電流は6マイクロアンペアと少ないため、電池が長持ちします。繰り返しますが、私たちはテクノロジーよりもエクスペリエンスにフォーカスしています。

アルバムに形成したプリント配線基板と容量式タッチセンサが図3です。ラミネートフィルムをはがすと、電極と配線が見えます。配線が抜けている部分に、通常のプリント基板上で作った電子回路基板を収めます。技術的には、制御・演算の電子回路は従来のプリント回路基板で行い、その回路と容量性センサ電極との接続は、紙に印刷した導体を利用しています。

DJ QBertの青い厚紙をはがした配線とタッチセンサ回路図
[図3] DJ QBertの青い厚紙をはがした配線とタッチセンサ回路

使っている技術は基本的に、カーボンインクを使ったスクリーン印刷、プレス加工、回路基板とそれを固定する接着剤です。導電性接着剤は使いません。回路基板に搭載する半導体ICは1チップのBluetooth LEコントローラだけの場合が多いです。Bluetooth チップにソフトウエアも焼き付けています。ただし、スピーカーを駆動するような複雑な音楽などの応用では、音楽データを蓄えるフラッシュメモリや、アンプ、電圧レギュレータを搭載する場合もあります。

同様に、厚手のノートにピアノの鍵盤を印刷した試作品もあります。鍵盤の下にタッチセンサを張り付けているので、鍵盤を押すと音が出ます。この作品では、マルチタッチ(複数のポイントに同時に触れて操作することができる入力方式)も実現しています。

──他にはどのような製品がありますか。

ポスターは商品化しています。主に広告代理店に販売しています。2014年、ニュージーランドのある通りに、タッチすると音の出るポスターを張りました。このポスターの縁には発泡スチロールの枠を設けており、ポスター面の裏側に振動子を張り付けているので、ポスター全体を振動させて全面から音が聞こえるようになっています。ドラムだけのポスターもあります。

また、その他実用化されたものとして、香港のセントラル駅に貼られた「HMV(CD/DVDなどの販売店)」のポスターがあります。

──どのような顧客がいますか。

広告代理店が多く、次いで音楽産業や、おもちゃメーカーなどのエンターテインメント企業です。先ほどのピアノ鍵盤を印刷したノートは、まだ売り物ではありません。鍵盤の数が少なすぎるので。

この製品をもっと多くの分野に広げるために、開発キットも提供する計画を考えています。さまざまなデザイナーやメーカー、広告代理店、趣味のホビィストなど、エンジニアではない技術の素人の人でも4週間程度で作れるようにするための支援キットです。繰り返すようですが、私たちの製品ではテクノロジーはいつでも手に入るモノばかりを利用します。ちっとも新しくない、というエンジニアもいますが、当社の他にまだ誰もこのアイデアを商品にしていません。

未来はハリー・ポッターやメリー・ポピンズの世界

──設立されたのは2004年だそうですが、起業した時の資金はどのようにして調達しましたか。

最初の2年は政府からの補助金でした。マテリアルの購入やパターニング装置には資金が必要です。その後は、しばらく日立製作所やケンブリッジ大学において、パートタイムで教えながら資金を得ていました。その3年後にやっと、ベンチャーキャピタルが出資してくれました。起業は市場を見つけ、顧客を見つけることが非常に難しいです。技術開発はさほど難しくはありませんが、ビジネスとして成り立たせることが最も難しい。

ただ、今は追い風が吹いています。IoTやウェアラブル、デジタルヘルスケアなどが話題になっていますので、インタラクティブなプリント技術がそれらの技術の一翼を担うだろうと見ています。

──これからの製品はどのようなものを考えていますか。

これまで、どのようなデジタル製品が、既存製品にとって代わってきたでしょうか。iPhoneやiPadはタッチスクリーン技術でブレークしました。拡大・縮小の操作を指でピンチオフしたりピンチオンしたりします。本のページをめくる時はめくる動作で操作します。一方で、昔の本や、アルバム、新聞、雑誌などは、衰退してきています。

そこで、わたしは、昔のメディアの形に「デジタルDNA」を吹き込むことで、生き返らせようと考えています。昔の物理的な形のアナログはもはや生きていけませんが、「デジタルDNA」を吹き込むことでアナログのような楽しいデジタル製品ができます。美しいアルバムカバーを見て楽しむ気持ちは変わりませんから。

タッチ技術はさらに「タッチビーコン」にも発展するでしょう。アップルのiBeacon(アイビーコン)と呼ぶ技術にタッチ操作を加えたものです。例えば、お店に行って、店のポスターにタッチすると、それによってポスター内の回路のBluetooth信号がiBeaconとして、顧客の携帯電話やスマートフォンに送られ、そのデータがクラウドに送られ、その顧客の履歴を集め、顧客の好みをスマホに送って表示する。顧客はお店のポスターにタッチしただけで、欲しくなるような商品やサービスの情報をスマホで知ることになります。iBeaconはBluetooth信号を出して受けたスマホに、その店の特売情報などを流すことができますが、タッチビーコンはもう少し踏み込んで、facebookのように客の望む情報を提供できるようになります。

──今後の未来をどう考えていますか

映画「マイノリティ・レポート」のような将来は来ないと思います。映画でたとえるなら、「ハリー・ポッター」や「メリー・ポピンズ」のように、毎日がマジカルになるようなことをイメージしています。要は、オールドファッションながら楽しく夢のある未来です。

[ 脚注 ]

*1
電子1個で動く究極のトランジスタの研究は、実用性は全く見えていない。しかし、研究テーマになりやすいため、手掛ける大学は多い。この言葉は、ドクター・ストーンが学生時代は生粋の研究者だったことを示している。
*2
Holy grail(聖杯):
キリスト教と関係することばで、大変な努力を要する目標、という意味
*3
孔を開けた製版(マスク)にインクを擦り付ける印刷方式のこと。

Profile

ドクター・ケイト・ストーン(Dr. Kate Stone)

ノバリア(Novalia)社創業者兼ディレクター

印刷(プリント)技術と、あらゆるものと対話することに情熱を燃やす。幼年期から自分のおもちゃや兄弟姉妹のおもちゃを分解し、どのようにして動くかを見るのが好きだった。
電子工学で学位、英国ケンブリッジ大学の物理学で博士号を取得した。ノバリア社で、古い印刷技術と従来のエレクトロニクスが融合する分野を開拓し、以来この世界に身を置いてきた。
この分野をより深く開拓し、さまざまな人たちが入社し会社と共に動き始めるにつれ、未来は現在よりも過去にもっともっと近づいているように見える。自分にはますますそのように見えてくる。アナログ的な物理の世界に「デジタルDNA」を持ち込むことが未来につながると信じている。

Writer

津田 建二(つだ けんじ)

国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト

現在、英文・和文のフリー技術ジャーナリスト。
30数年間、半導体産業を取材してきた経験を生かし、ブログ(newsandchips.com)や分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしている。セミコンポータル(www.semiconportal.com)編集長を務めながら、マイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニスト。

半導体デバイスの開発等に従事後、日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者に。その後、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。2007年6月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立。書籍「メガトレンド 半導体2014-2023」(日経BP社刊)、「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、「欧州ファブレス半導体産業の真実」(共に日刊工業新聞社刊)、「グリーン半導体技術の最新動向と新ビジネス2011」(インプレス刊)など。

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