No.003 最先端テクノロジーがもたらす健康の未来 ”メディカル・ヘルスケア”
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エレクトロニクスで投薬を制御する

ドラッグデリバリーシステムは、薬を必要な場所に移動させるほか、適切な量の薬を適切なタイミングで投与することも想定されている。このために用いられるのが、エレクトロニクスによるアプローチだ。

MITのRobert Langer教授らは、体内に埋め込むタイプのドラッグデリバリーシステムを開発している。デバイスに使われるチップは指の爪ほどの大きさ。これに薬を収納するためのスペースが接続されており、全体のサイズは3×5×1センチメートルほどで、薬は1回分ごとに膜で仕切られて密閉される。

デバイスの被験者になったのは、デンマークの7人の女性患者。彼女らは65歳から70歳で、骨粗しょう症をわずらっている。骨粗しょう症の治療では副甲状腺ホルモン製剤が使われるが、この薬は持続的に投与すると骨量が減ってしまうため、適切なタイミングで適量を投与する必要がある。毎日自己注射するか、週に1回程度通院するわけだが、これは患者の負担が大きい。そこでデバイスを使って、副甲状腺ホルモン製剤の投与を自動化しようというわけだ。試験に使われたデバイスには、20回分の副甲状腺ホルモン製剤が搭載された。

デバイスは皮下に埋め込まれ、外部からワイヤレスでコントロールされる。チップが信号を発すると、電流が流れて薬を仕切っている膜を壊し、体内に薬が放出されるようになっている。薬の投入スケジュールは事前にプログラムしておくことが可能だ。

試験の結果、デバイスを使った薬の投与は、注射を使った場合と同じ効果があり、新しい骨をつくる動きが促進された。さらに副作用もないことがわかった。

試験に使われたデバイスには20回分の薬しか搭載されていないが、開発を行っているMicrochips社によれば、将来的には何百回分もの薬を搭載できるようになるという。またLanger教授は、このデバイスは骨粗しょう症だけでなく、多発性硬化症治療やワクチン投与、ガン治療、疼痛コントロールにも応用できるとしている。研究チームはこのデバイスが実用化されるまでには、少なくとも5年以上かかると見込んでいる。

Microchips社が開発した体内埋め込み用デバイスの写真
[写真] Microchips社が開発した体内埋め込み用デバイス。20回分の副甲状腺ホルモン製剤を搭載できる。

ドラッグデリバリーシステムは何をもたらすのか?

冒頭で挙げたように、薬と毒は紙一重である。人体の内部でも、治療が必要な箇所にとっては薬となるが、その他の部位にとっては毒となる。

ラッグデリバリーシステムによって、必要な箇所に必要なだけ薬を送り込むことができれば、副作用は大幅に減らせる。薬の投与量も減らせるため、医療費の抑制にもつながりそうだ。さらに、マイクロマシンやナノマシンによって、ピンポイントで薬を投与できるようになれば、従来は手術が不可能だった部位の病気も治療できるようになるだろう。また、長期にわたる治療にも、ドラッグデリバリーシステムは大きな役割を果たすことになりそうだ。薬局で何種類もの薬を渡され、それぞれ異なる間隔で服用するとなると、どうしても飲み忘れや飲み間違いが起こってしまう。体内に埋め込んだデバイスがこれを肩代わりしてくれるのなら安心である。

そう遠くない未来、ドラッグデリバリーシステムは、病気の治療という枠組みを超えて、進化していくだろう。例えば、酒を飲み過ぎた時、自動的に分解酵素が放出されて酔いを醒ましてくれる。体内の病原体を感知したら、その都度対応するワクチンが自動的に投与される———。 これまでの医療は、病気になった時に治療することに重きを置いていた。しかし、未来の医療は、そもそも具合が悪くならない、なる前に対処してしまう、究極の予防を目指すことになるかもしれない。

Writer

山路 達也

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーのライター/エディターとして独立。IT、科学、環境分野で精力的に取材・執筆活動を行っている。
著書に『インクジェット時代がきた』(共著)、『日本発!世界を変えるエコ技術』、『弾言』(共著)など。
Twitterアカウントは、@Tats_y

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