No.003 最先端テクノロジーがもたらす健康の未来 ”メディカル・ヘルスケア”
Scientist Interview

ヘルスサイエンス・ラボの新しさ

──ヘルスサイエンスラボは、どんな課題に、どんなアプローチで、どんなメンバーで取り組もうとされているんでしょうか?

研究領域としては、運動(EXERCISE)と食(FOOD)と心(MENTAL HEALTH)です。これらの領域で、特に私としては、非破壊・非侵襲の計測技術を活用し、日常生活の中で定量化に基づき健康を促進する環境を構築していくというアプローチを進めています。日常生活のなかで、個々人の健康状態を定量的・客観的に計測できる環境を構築し、その中で個々人が自発的に健康増進に進んでいくソリューションを構築していきたいと考えています。

慶応義塾大学SFC研究所ヘルスサイエンス・ラボのWebSiteの写真
[写真] 慶応義塾大学SFC研究所ヘルスサイエンス・ラボのWebSite

慶應義塾大学医学部の坪田教授、医学部からSFCに移籍してきた渡辺教授、それに私の三人が共同代表となり、義塾内外の様々な専門家の方々をメンバーとしてお迎えしています。外部から参加頂いているキーパーソンとしては、理研(独立行政法人理化学研究所)の和田智之先生がいらっしゃいます。

理研の和田智之先生は、光の専門家で、様々な宇宙関係のプロジェクトに関与しています。この分野の世界的な権威で、非常に柔軟な発想を持たれています。先ほどから申し上げている非侵襲計測に関する基盤技術は和田先生のものです。和田先生とはまだお目にかかってから数年です。最初にお目にかかった際に、「食糧問題、農業は、今後の世界の最重要課題の一つです」と申し上げて、議論をした。そこで意気投合をして一緒に研究を進める事になりました。今の私にとり、この出会いは非常に大きかったですね。

医学部の坪田教授は、専門は眼科です。眼科医としても世界有数の方ですが、それに加えてヘルスサイエンスに関しても世界を牽引している。最先端医学を実践しながらこれからのヘルスサイエンスを模索する坪田教授。非侵襲計測に関する最先端研究に携わりながら社会実践の議論にも積極的に参加する和田先生。アーキテクトとして次世代の社会システムを設計する私。この三人に、ヘルスケアを実践する上で裏付けとなる、生体の代謝メカニズムを専門とする渡辺先生が加わったことで、前例が無い研究グループが形成されました。基礎研究から社会実践まで一貫したソリューションを扱うのがヘルスサイエンスラボなのです。

医学現場における課題を坪田教授が提示し、その解決にどのような技術が必要かを、社会システムへの起用を見据えて和田先生と私が考える。方向性が決まれば実験を渡辺先生が中心として取り組みつつ、産学連携を含めた社会的な広がりを慶應SFCとして進めていきます。

テーマ次第では、外部との連携も積極的に進めます。和田先生とも相談し、光技術以外に必要なものがあれば積極的に取り入れていく。現段階でも、計測機メーカーと連携し、現場における具体的な課題に基づき計測すべき要素と精度を精査し、センサーユニットとして落とし込んでいく取り組みを複数進めています。我々のリソースは物理的な人員的にも時間的にも限られ、あらゆる事に手を出せるわけではないですが、社会との具体的な接点を見据えながらプロジェクトを設計することで、様々な企業との連携体制を深め、当初の予想よりも多数のプロジェクトを進めています。 坪田教授は専門が眼科ですので、やはり、眼に関するプロジェクトは多いですね。今後、超高齢化社会がさらに本格化していく事を考えますと、眼は非常に重要ですので、積極的に進めています。

──非侵襲の計測を行なうセンサー技術というテクノロジーが非常に重要な要素になっていますね。

光を用いて非侵襲で計測するという発想自身は以前から存在しており、世界中で様々な取り組みがなされてきました。和田先生の強みは、まず光源を中心に光を使ったシステムに関する専門家であるということ、次にサイエンティストとして非常に優れた知見をお持ちであるということ、そして最後に、繰り返しにもなりますが、社会システムへの関与という点に関して非常に高い意欲を持たれているということがあげられます。従来の計測装置では社会の課題が解決できないと私が申し上げると、従来ご自身で取り組まれてきた研究成果を組み立て直すことすら厭わない。しかも、光を用いたシステムに関しては本当に幅広い知見をお持ちなので、「この部分がボトルネックになっている」と申し上げれば、その部分を解消するためには旧来からのやり方を覆すようなアプローチであっても恐れずに進めていく。そこで得られた何らかの知見を基に、また二人で議論をする。その過程の中で、技術的な側面を変えていくだけでなく、社会へのアプローチを見直していく事もある。そうやって知見を深めていくと、いろいろと面白いこともわかってくる。可能性も広がってきます。

血糖値の際に少し申し上げていますが、作物の糖度計測装置の実用化研究を和田先生のチームと進めており、あと1-2年で市販化の目処が立つところまで来ています。糖度に関しては、スーパーの店頭で、「メロン糖度18以上」といった表記がされています。これは、作物を収穫後に、選果場でその作物の糖度を非破壊計測装置で調べた結果です。この装置と我々の取り組みの違いとしては、使用する場所に関する制約と、価格が全く異なるということです。前者に関してもう少し申し上げますと、我々の計測装置は、農地で生育中の作物をその場で連続計測可能であるのに対し、従来のものは、計測に最適化された部屋(空間)をつくり、その中で計測をする必要があります。ですが、それでは、出来上がった作物を評価することは出来ても、美味しい作物を作ることには何も役に立たない。もちろん作物が適正に評価されるということは非常に意義があるのですが、個々の農家においてより重要なのは、高い評価を受ける作物を生産出来るかということなのです。適用ソリューション自身が異なるわけです。糖度計測を専門とする技術者に聞けば、計測専用の部屋が必要なのは精度を保つためで、部屋が無ければ精度が保てないと言われる。では、根源的に考え直そうということで、光源からデータの取得方式まで、ありとあらゆる内容を検討し、最終的には価格を含めて目処が立ちました。詳細に関しては特許などの関係もあり申し上げられないのですが、検討過程では、装置に用いる部品そのものを根源から見直すといったこともしています。その結果として完成しつつある糖度計は、全く新しいソリューションを生み出す可能性を秘めていますし、その過程で培った技術を今度は別のフィールドへと適用しようともしています。

また、人間を含めて生体は、非常に弱い光でも敏感に組織そのものが様々な反応をしている事もわかってきました。我々自身が意識しなくとも、光を特定部位に当てることで様々な効果が期待できる。それも決して強い光である必要はない。原核生物のころから、光は生体にとってもっとも基本的なエネルギーです。光に反応するのは、生体が元々保持していた機能なのでしょう。これは、計測という領域を越えて、光で生体に直接的にアプローチするというものです。まだまだ糸口という段階ですが、将来的には、弱い光を人間自身の特定部位に当てる事が、人間を健康にするための方法論の一つとして確立出来ると思います。

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