No.003 最先端テクノロジーがもたらす健康の未来 ”メディカル・ヘルスケア”
Scientist Interview

「アーキテクト」としての視点

──神成先生の考えるヘルスケアの多様性とご活躍の幅の広さは、「ITがご専門」というだけでは捉えきれませんね。

自分では一貫して同じ方向性を目指しているつもりですが、そのように捉えて頂けないことも多いです。確かに、「ご専門は?」と聞かれ、一言で説明するのは難しいかもしれません。ITが専門と申し上げても良いのですが、ご指摘のようにもう少し分野的には広く考えて頂いても良いのかもしれません。社会学者の宮台真司さん*2には、一言でいうのならば、アーキテクト*3だと指摘されました。社会システムのアーキテクトです。

目的を見据え、最高のソリューションを検討すると、様々な分野との連携が不可欠になってくる。既にパッケージされたシステムやプロダクトを前提とするのでは、最高のソリューションを構築できない事も多い。その際には、原点に立ち返ってそのシステムやプロダクトを設計し直すことが必要なのです。個々のシステムやプロダクトは単体では理想的なものかもしれない。だが、ソリューション全体として理想とならなければ、考え直す必要がある。このようなときに、アーキテクトの役割が求められると思います。雑多な分野のことを知らないと進まないところがあるのです。個々の専門家では、その専門性ゆえに捉えられない全体設計を、わたしがお手伝いする。IT分野のプロジェクトにおいて、個々の専門家に「技術的にはこれが正しい」と言われると、説得されてしまう人が多いのですが、技術的には正しくても、今の社会が求めている方向と違う場合には、説得されずに技術的な捉え方を変更するべきではないか、と考えています。

そのためには、現場の方と話をすると共に、関連する分野の方々、あるいは政策側の方々にまで話を伺い、その上で客観的に全体像を捉えるというプロセスが求められる。非常に手間がかかるので、人に会う代わりに関連分野の書籍を読むことで代替しようとする人も多い。既存ソリューションを修正するというのであれば、書籍を読むだけでも出来るかもしれない。ですが、新たな価値を求めようとする際は、人に会うことが重要です。社会システムのアーキテクチャを設計するということは、社会全体を発展的にかつサステイナブルなものにしていくような方向性を模索し、見極めていかなければいけない。壁にぶつかった際には、その要因が制度的な要因なのか、あるいは、技術的、ビジネス的な要因なのか。個々に異なった対応が必要です。それらを見極め、解決方策を模索した上で、それぞれの分野の専門家にまかせていく。自分だけでは何も出来ない。様々な分野の方々と議論をして、1歩先、5歩先、10歩先を設計できるのか、というのがアーキテクトに求められる能力ではないでしょうか。私自身が出来ることは非常に少ないのですが、理化学研究所の和田先生を始めとした皆様に支えられ、様々なプロジェクトを進めています。

先ほど申し上げた介護についていえば、介護分野の10年後がどのようになっているかを考え、そこで求められる情報システムを模索する。介護に関わる人たち皆が喜んで働き、暮らしていける社会にしていきましょう、という目標を設定する。その目標を達成するために様々な方々から話を伺いながら、現状の課題を打破するための仮説を設定する。その仮説を検証するために、実際に現状把握のためのミドルウェアを構築し、実証を通じてデータを蓄積し、仮説を検証していく。検証結果に基づきソリューションを設計し、複数事業者においてさらに検証しながら、その後の社会展開を見据えたソリューションを様々な企業と連携して構築していく。例えば、人事システムと組み合わせてみようということになれば、人事システムに関する実績を有する企業と連携する。この過程の中で、様々なエビデンスに基づきソリューションそのものも変わります。三年取り組めば、その間に技術的にも大きく変わってくるところがある。それには随時対応していかないといけない。このような取り組みを進めながら、間に合えば、団塊世代の再就職先の1つになれば素晴らしいことだと思っています。農業もまた同様です。具体的な成果を次々と生み出していければ嬉しいですね。

多くのプロジェクトに関与させて頂きながら心がけていることは、特定の専門分野にこだわり過ぎず、自分自身が関心を持てることを、楽しみながら進めていくということです。自分自身が自発的に前向きに取り組むためにも、楽しみながら進めることを常に心がけています。そして、社会が少しでもよくなる、というと大げさですが、一人でも笑う人が増えるような、そのような取り組みを一つでも多く進めていきたいですね。

[ 脚注 ]

*1
非破壊・非侵襲の計測:内部の状態を計測する際、物質構造を破壊することなく、外から光線や電磁波などを当てることで計測をする手法。光等を用いる事が多い。
*2
宮台真司:社会学者。首都大学東京教授。
*3
アーキテクト:もともとは建築を意味する"アーキテクチャ"という言葉は、近年では情報システム環境のことも指すようになっているが、その設計者のことをアーキテクトと呼ぶ。広義の社会設計を行なう人材のことを指すこともある。

Profile

神成 淳司(しんじょう あつし)

慶應義塾大学環境情報学部准教授、慶應義塾大学SFC研究所ヘルスサイエンス・ラボ共同代表。博士(工学)。
専門分野:ヘルスサイエンス、農業情報科学、コンピュータサイエンス(産業応用)、情報政策。
1996年 慶應義塾大学政策メディア研究科修士課程修了、2003年 岐阜大学大学院工学研究科後期博士課程修了 。
主な兼職:慶應義塾大学 医学部 准教授(兼担)、内閣官房 政府CIO補佐官、同番号制度推進管理補佐官、(独)理化学研究所 客員研究員。

Writer

淵上 周平

1974年神奈川県生まれ。中央大学総合政策学部にて宗教人類学を専攻。
編集/ウェブ・プロデュースを主要業務とする株式会社シンコ代表取締役。

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