
インフォグラフィックスは
データを”読める化”する
2014.05.30

膨大なデータを整理し、一目瞭然に分かりやすく、データの本質を伝えるインフォグラフィックスの価値が高まっている。
スペイン出身のインフォグラフィックスデザイナーで、ビジュアルコミュニケーションとジャーナリズム、認知科学の融合に関心を持つアルベルト・カイロ氏に、データの可視化の最前線について話を伺った。
インフォグラフィックスは「読む」ためにある
──インフォメーション・ビジュアライゼーション(情報のビジュアル化)を専門として、これまで新聞社で働き、また教壇に立ってこられました。一昨年は、『ファンクショナル・アート』という本を出されましたが、ファンクショナル・アートとは何を意味するのでしょうか。
まず、インフォメーション・グラフィックス(情報グラフィックス)とは何かを考えてみましょう。それには2種類あります。ひとつは、純粋な情報として現実を再生したもの。たとえば建物のイラストならば、建物のありさまや部分を表現しようとするものです。もうひとつは量的なデータで、これはチャートやマップなどを用いて現実の成り立ちを説明する。説明する相手は、他人かもしれませんが、自分自身でもあるでしょう。情報グラフィックスは、情報のビジュアル化とほぼ同じ意味です。
──ファンクショナル・アートには、情報グラフィックスとはまた別の意図があるのでしょうか。
情報グラフィックスが、単に見た目のためであってはならないという意味を込めています。情報グラフィックスが美しくエレガントで興味を惹くものであることは重要ですが、美的であるのはひとつの要素に過ぎません。情報グラフィックスの底流には、グラフィックスの構造、アイデアをどう組織化するか、データをかたちにするグラフィックスの種類などについて、確固とした考えがなければなりません。それらがすべて目的に合っている必要があるからです。
──目的というのは、読者に何を訴えるかということでしょうか。
そうです。そのグラフィックスを見て、読者は何をすべきなのか。たとえば、2つの数字を比べて欲しいのか、あるいは時間に沿った変化を見て欲しいのか、そうした目的によって、地図を選んだり棒グラフを選んだりするわけです。情報グラフィックスは、読者の役割をも考慮しなければならないということです。私が常に強調するのは、情報グラフィックスとは「見る」ためにあるのではなく、「読む」ためにあるということです。
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