No.006 ”データでデザインする社会”
Scientist Interview

データ分析で
世界を変える

2014.03.31

西内 啓 (統計家)

統計学の解説書として、異例のベストセラーとなった『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社)。著者の西内啓氏は、医学分野の研究者であると同時に、ビジネスコンサルタントでもある。統計学を用いたデータ分析が広まることで、社会に劇的な変化が訪れると西内氏は語る。

(インタビュー・文/山路 達也 写真/東 花行)

医療研究からビジネスの現場へ

──西内さんは、東京大学医学部を卒業した後、医学分野でキャリアを重ねられ、現在は企業コンサルティングで活躍されています。医学分野の研究者がビジネスコンサルティングも手がけるというのは、かなり異色ですね。

大学時代、研究者として私が専攻していたのは、公衆衛生と行動科学です。中でも、コミュニケーションや環境を通した、人々の健康行動の変化をテーマにしていました。

例えば、タバコが健康に悪いことはすでに明らかになっていますが、喫煙率を下げるための効果的な方策はなかなか出てきません。医者の小言でヘビースモーカーが禁煙するかといったら、そうとは限らないでしょう。

行動科学では、人体の細かなメカニズムではなく、人々の行動を分析して何が健康に影響を与えるのかを明らかにしていきます。禁煙指導をするにしても、患者へのメッセージの伝え方で、禁煙の成功率は変わってきたりする。一人ひとりを見ていても「効果のあるメッセージは人それぞれ」という結論にしかなりませんが、多くの被験者からデータを集めて統計学の手法を使って分析することにより、どういう人にどういうメッセージを伝えれば人々がより健康になるのかがわかってきます。

しかし、データ分析によって効果を上げられそうな施策を導き出して提案しても、社会の中でそれが採用されることはあまり多くありません。そうした意思決定にはさまざまな人が関わっており、その中の誰か1人でも分析の意味や価値が理解できないと、とたんに進まなくなってしまいます。

このまま研究を続けていても、自分たちの提案が活かされることはないだろう。いったい、どうすればデータ分析の価値をわかってもらえるだろう? そこにやって来たのが、ビッグデータのブームです。

──ビジネス誌では、ビッグデータやデータサイエンティストといったキーワードが毎号のように載っていますね。

ビッグデータ関連のニュースを見ても「データを集計したらこんなことがわかりました」といっているに過ぎず、案外大したことをやっていないという印象を受けました。これはチャンスだ、と。

ニーズは高いけれどまだ知識が普及していない場に、統計学をきちんと使ったデータ分析の手法を持っていけば、大きな価値を生むのではないかと考えたのです。

会社は合理的ですから、儲かるやり方があればそれをすぐに採用するでしょう。成果を上げられるのであれば、ビジネスマンも当たり前のようにデータ分析を活用するようになるはずです。

ビジネスマンといっても、同時に彼らは有権者でもありますし、子供の親であり、患者の予備軍でもあります。ビジネスにおいてデータ分析を当然と考えるようになった人々は、健康政策についても「いったいなんで、データ分析も使わない幼稚なことをやっているんだ?」と不満を募らせるようになってくるでしょう。それが私の狙いです。

──西内さんは、データサイエンティストではなく、統計家を名乗られています。これはなぜでしょう?

データサイエンティストは最近の流行語ですから、下手に乗っかると、使われなくなった時に恥ずかしい思いをすることになります(笑)。それに比べて、統計家は100年前からある職業ですからね。

もう1つ、すべてではありませんが、データサイエンティストを売りにしようとしている会社に違和感があるからです。会社によってはデータサイエンティストを特別な存在としてブランディングして、自分たちの価値を高めようとしています。しかしながら、私としては、データ分析のノウハウをオープンにして、みんなに使ってほしい。みんながデータ分析を当たり前だと思ってくれないと、私の研究を社会で活用してもらえないじゃないですか(笑)。そういう立場の違いがあるため、統計家を名乗っています。

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