No.014 特集:テクノロジーとアートの融合
Laboratolies

歴史上の「点」として何ができるか

TM ── スランプ中に制作したのが、京都の建仁寺に奉納した大型写真の「静寂」と、襖絵の「雲の上の山水」という作品でした。

京都建仁寺に奉納した写真作品「静寂」
[図3] 京都建仁寺に奉納した写真作品「静寂」
写真提供:土佐研究室

土佐 ── 静寂は、建仁寺の管長が大切にされていた200年の老木を生け捕った写真です。この角度で生きていましたので、スランプ時の私は、この木から生きる力というものをたくさんいただきました。今はもうありませんから、遺影ですね。

文化という型をテクノロジーで扱えるようにするのがポイントだと考えました。そして「雲の上の山水」はまったく筆で描かず、三遠を表現するためにデジタル加工を施した航空写真です。日本文化という型をテクノロジーで扱えるようにして作品を作るのは、新しい創造性だと考えました。その作品を京都でいちばん敷居の高い禅寺である建仁寺に奉納を申し込み、この新しい作品が従来のタブーを打ち破り、受け入れられるかどうかを試してみたかったのです。建仁寺の住職は、作品を見て、「禅的ですね」と言ってくださり、私の前に奉納された細川護煕元首相の襖絵と同様に、受け入れていただきました。

京都建仁寺に奉納した写真作品「静寂」
[図4] 襖絵の「雲の上の山水】
写真提供:土佐研究室

土佐 ── 自然を生け捕り、四季に寄り添うという作品をつくったことで、メディアアートをやっている自分の中にも日本古来の美が息づいていると気づけたのですね。それまで、文化の型としては意識していなかったクローズアップ、切り捨ての美学、侘び寂び、非対称、見立て、うつろい、面影……どれも好きな方法だと気づきました。

TM ── 人間の感情などをテーマにしていた時代から、もっと大きな対象に移ったということですか。

土佐 ── 自分が日本文化の歴史の中の点である、ということに気がついたのですね。その最初のきっかけが建仁寺の「メディアアート風神・雷神」で、「土佐琳派」と名乗らせていただいたものです。一昨年は、京都の国立博物館でプロジェクションマッピングをやらせていただきました。これには4日間で1万6,000人が訪れ、琳派*5400年を記念した最大のイベントになりました。

[動画5] 琳派400年のプロジェクションマッピング「メディアアート風神・雷神」

土佐 ── これだけの動員があると人々の熱気で現代の祝祭空間だと思いました。音楽フェスや踊りのイベントなどはともかく、寺社仏閣の祭りで何万人も呼べるものは、現代ではそうありません。こうしたアートは、現代に蘇った「呪術」のような気がしています。

TM ── 作品に対して、海外ではどういう反応を示されますか?

土佐 ── 西洋の美は左右対称のシンメトリーで、東洋にはないものです。だから、自然にある美をシンメトリックにして表現した作品もつくりました。西洋の美とつながっている彼らの文脈に沿ったものは、やはり好まれますね。また、能の演目の最中に、登場人物の心理を能面に映し出すようなプロジェクションマッピングも行いました。難しい伝統文化もテクノロジーのこうした手助けによって一気に理解が進む可能性があると思っています。

最新作は「アートはサイエンス」展(軽井沢ニューアートミュージアムで2017年9月18日まで開催)で発表した「ジェネシス」という作品です。これはドライアイスによる気泡でつくられた形状の流れの可視化をハイスピードカメラで撮影しています。形のないものから形が生まれるということには、ずっと興味があります。

土佐尚子教授

TM ── 能も、琳派も、当時の最先端テクノロジーを使っているからこそ受け継がれる文化芸術になった、という今日のお話は印象的でした。

土佐 ── 自分は歴史の延長線上にいて、作家としては「点」でしかない。それを踏まえた上で、何かをつくる、何かを研究することを考えないと、何の意味もないと気づきました。京都という環境に身を置いたことも影響しましたし、昨年は文化庁の文化交流使の仕事をしたので、なおさらそう思います。

自分の若い時を振り返ってみれば、伝統文化は「古臭い」と避けていました。そうではない、と少しでも早く教えてくれる人がいたら、受け取り方も変わるのではないか。だからこそ、現代のテクノロジーでやらなければいけないと思っています。

私が20代のときに製作したビデオアートが、いきなりMoMAのコレクションになりました。当時はもっと充実した作品を選んで欲しかったという思いもあったのですが、アーティストの文脈としてではなく、美術史の文脈から選ばれたのですね。私の作品が歴史の中の点になりえたことを、当時はなかなか理解できませんでした。

An Expression(1984)ニューヨーク近代美術館蔵
[図5] An Expression(1984)ニューヨーク近代美術館蔵
写真提供:土佐研究室

TM ── 西洋では、文化の積み重ねや先人の研究成果を受け継ぐことを、「巨人の肩に乗る」という慣用句で表現しますよね。

土佐 ── そうです。だからアーティストにも、研究者にも同じことが言えると思うのです。でき上がった仲間内のコミュニティの中に留まっていても、成長はありません。もう少し歴史に対して、社会に対して、自分の個を超えて仕事をしないと、かえって自分のためにならない。それになるべく早く気づいてほしい、と学生には教えています。

私は自分の研究を通じて、アートの受け皿になっているものが文化なのだとわかりました。その文化を現代の方法で表現することによって、次の世代へと繋いでいける。そう確信しています。

[ 脚注 ]

*5
琳派: 桃山時代後期に京都で興った絵画を主とする美術の流派。本阿弥光悦と俵屋宗達が創始し、江戸時代中期に尾形光琳・乾山兄弟によって発展、酒井抱一などに受け継がれた。伝統的なやまと絵を基盤とし、鮮やかな色彩や金泥・銀泥を巧みに用いた装飾性豊かな画風が特色。
土佐尚子教授 パン・ウネン
土佐尚子教授

Profile

土佐尚子(とさ なおこ)

メディアアーティスト、研究者、京都大学総合生存学館教授(兼任)、工学博士(東京大学)。

感情、記憶、意識の情報を扱ったコミュニケーションの可視化表現を研究する。フィルム、ビデオアート、CGを経てメディアアートからカルチュラル・コンピューティングの領域を開拓、システム構築を行なう。シーグラフ、アルスエレクトロニカといった代表的な文化とテクノロジーの国際会議にて、講演や作品を発表。ニューヨーク近代美術館(MoMA)、メトロポリタン美術館等の企画展に招待展示。

1990〜1995年武蔵野美術大学造形学部映像学科講師。1995年〜2001年ATR知能映像通信研究所主任研究員。1997〜2001年神戸大学自然科学研究科連携講座助教授。1999年東京大学大学院工学系研究科にて芸術とテクノロジー研究で工学の博士号を取得。1999年度文化庁芸術家在外派遣特別研修員。2002〜2004年マサチューセッツ工科大学(MIT)Center for Advanced Visual Studies アーティストフェロー。2001〜2004年JSTさきがけ「相互作用と賢さ」領域研究に従事。2002〜2003年九州大学芸術工学部客員教授。2009〜2010年シンガポール国立大学客員教授。企業の受託研究は、ソニー木原研究所、フランステレコムR&D、タイトー株式会社、ニコン株式会社がある。

1996年IEEEマルチメディア国際会議 ’96最優秀論文賞。1997年芸術と科学を融合した研究に贈られる「ロレアル賞」大賞受賞。2000年、アルスエレクトロニカ賞をインタラクティブアート部門にて受賞。2004年ユネスコ主催デジタル文化遺産コンペで2位受賞。2012年韓国の麗水万博委員会の依頼で250m x 30mのLEDスクリーンに四神の龍を泳がし、表彰される。

2014年シンガポールのプロジェクションマッピングでグッドデザイン賞受賞。

作品はNY近代美術館をはじめ、アメリカンフィルムアソシエイション、国立国際美術館、富山県立近代美術館、名古屋県立美術館、高松市立美術館などに収蔵されている。

著書に『カルチュラル・コンピューティング―文化・無意識・ソフトウェアの創造力』(NTT出版)、琳派400年記念「TOSA RIMPA」(淡交社)がある。文化庁により2016年度文化交流使に任命。

研究

http://www.tosa.media.kyoto-u.ac.jp/

作品

naokotosa.com

Writer

神吉 弘邦(かんき ひろくに)

1974年生まれ。ライター/エディター。
日経BP社『日経パソコン』『日経ベストPC』編集部の後、同社のカルチャー誌『soltero』とメタローグ社の書評誌『recoreco』の創刊編集を担当。デザイン誌『AXIS』編集部を経て2010年よりフリー。広義のデザインをキーワードに、カルチャー誌、建築誌などの媒体で編集・執筆活動を行う。Twitterアカウントは、@h_kanki

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