No.015 特集:5Gで変わる私たちのくらし
Cross Talk

どこにリソースを割くべきか

石川 ── 海外の研究現場だと人材のリソース配分は違いますか?

森川 ── 大学を比べるとよく分かります。MIT(マサチューセッツ工科大)と東工大(東京工業大学)を例にとると、両者のサイズ自体は一緒なんですね。学部生、大学院生、プロフェッサーの数が同じで、それぞれ4,000人、6,000人、1,000人という規模です。

しかし、何が決定的に違うかというと、教員以外の職員の数なんです。なんと15倍以上の差があるんですよ。MITの職員数はだいたい10,000人ですが、東工大には600人もいません。そこのリソース配分が重要な感じがしています。大学の職員というのは事務員だけじゃないんですね。マーケティングやお金集めのプロフェッショナルといった人物がプロフェッサーをツールとして使っているんですよ。彼らはここにリソースをかけているのです。

石川 ── なるほど。流石はMITと言うべきか、日本の現状が遅れていると言うべきか。

森川 ── MIT以外のケースでは、スタンフォード大学が数年前につくった「リーガル・インフォマティクス・センター(CodeX)*1」という組織も進んでいます。リーガル・インフォマティクスとは、法学とコンピュータ科学を組み合わせた新しい学問分野です。このセンターにはプロフェッサーが数人います。それをマネジメントする組織のトップ2人のうち、エグゼクティブディレクターはまだ40歳くらいです。

彼らが、偉いプロフェッサーたちをディレクションしているんですね。それがおそらくwin-winの関係をつくり上げている。ディレクターの彼らからすると、プロフェッサーもただのツールなんです。「これとこれを組み合わせると面白そうだな」とか「こういう売り方に合いそうだな」などと考えている。でも、研究者は往々にして商売が下手ですから、そうすることでお互いにメリットが生まれるわけです。

日本だとそういう役割の人がまだいません。優秀なツールはたくさんあるのに、それを誰も使えない。企業の中でも、そういう役割を意図的につくっていかないと、いいものをつくってもツールができただけで終わってしまい、結局はまた海外に取られてしまう。今、5Gの現場で意図的にハッカソン(開発イベント)などをやっている理由は、こうした大きな流れに対応するための意識改革という面もあるのです。

柔軟な発想を育むには

石川 ── お話をお伺いしていて非常に納得するというか、技術だけではなく、社会の現状を冷静に見られている感じがします。

森川 ── 正直な話、僕は自身をあまり研究者っぽくないと思っています。寂しいことですが、通信に関しては「技術はある程度成熟している」というのが僕の理解で、5Gもそうです。それをどう使っていくか、どう展開していくのかを考えていかなければならない段階に来ています。

もちろん、技術は今も着実に成長していて、こなれてきています。これがどう世の中を変えるのか、本当に頭を柔らかくして考えないといけないなと。固定観念、既成概念に囚われていたらまずいな、という感じがしますね。

石川 ── そういった柔軟性を持つため、これから森川先生の研究室ではどのように研究を進めるのでしょうか?

森川 ── 柔軟性を身に付けるノウハウはないので、とにかく研究者にいろんな情報をシャワーのように浴びてもらおうと考えています。狭い分野だけに取り組むのではなくて、ガラッと世の中を変えていくんだという意識を持ってもらう。そして「じゃあ、その先どうなるのか」ということを、強い思いで考えていくしかないと思います。

石川 ── 世の中の流れを追うことでいうと、最近は言葉が先行している感じを受けますよね、5GしかりIoTしかり。そうではなくて、ユーザが「さらに便利になる」「もっと心地良くなる」という方向で進化してくれたらいいなと感じることが多いです。なかなかそういうニーズに気づける人は少ないので、難しいことだとは思いますが。

石川 温氏

森川 ── 我々が普段何気なくやっていることの中にも、不便なことは膨大にあるはずです。それに気づけば、そこに新しいサービスなり商品なりを送り出せるのですが、多くの人はそれが世の中に出るまで気づかないんですよね。

5Gとは別の話題になりますが、最近ちょっとショックだったのがドイツのアクスーム*2という会社の新サービスです。彼らは工場にある工作機械のアプリケーションマーケットをつくったんですよ。いわば、工作機械のアップストアやグーグルプレイですね。工作機械も全部ソフトウェアで動きますから、当然アプリケーションのマーケットがあってもいいはずですよね。

store.axoom.com
工作機械の加工ノウハウや機能などをアプリとして販売しているアクスームのHP
出典:AXOOM https://store.axoom.com/en/

こういう風に言われれば「そういうニーズがあるよな」と思うのですが、実際に世の中に出るまでは、工作機械とアップストアというものが結び付きませんでした。それまで一切考えもしなかったサービスだったので、結構な衝撃を受けたのです。当たり前のサービスなのに、その当たり前なものに気づいていないことはたくさんある。こういうことを皆が考えてもらえると、日本は元気になるなと思うんです。

石川 ── 5Gはそうしたものの宝庫なのだろうな、という気がしています。多分、いろんなチャンスが転がっているんです。

森川 ── インフラは5Gである程度は整いますからね。そうなると、アイデア次第でできることの範囲がグッと広がりますよ。

[ 脚注 ]

*1
リーガル・インフォマティクス・センター(CodeX- The Stanford Center for Legal Infomatics): スタンフォード・ロースクール内に設けられている組織。リサーチャー、法律家、起業家、技術者らが所属して「リーガルインフォマティクス(法律情報学)」という新たな研究分野のプロジェクトに取り組んでいる。SNSを通じて活発に情報公開やディスカッションを行う。
https://law.stanford.edu/codex-the-stanford-center-for-legal-informatics/
*2
アクスーム(AXOOM): 南ドイツ・ディッツィンゲンを拠点とする老舗工作機械メーカー、トルンプ(TRUMPF)グループが工場生産における「インダストリー4.0」のデジタルビジネスプラットフォームとして設立したIoT開発専門企業(本社:カールスルーエ)。AXOOM appsストアを自社サイトで展開している。
https://store.axoom.com/en/

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