No.015 特集:5Gで変わる私たちのくらし
Cross Talk

スマホが下げる海外へのハードル

── 日本では2020年が5Gのターゲットイヤーです。もう3年を切りましたが、そこに向けたアイデア等はありますか?

石川 ── 自分はよく海外へ行くのですが、やっぱりスマホを持って海外に出かけると、本当に便利だと実感します。スマホのなかった時代には、現地でバスに乗るのが怖かったんですね。どこで降りたら良いかわかりにくいですから。でも、スマホがあれば検索して、どのバスに乗って、どこで降りればいいのか。そこまでの料金はいくらかといった情報がすべてわかります。スマホによって、海外には劇的に出やすくなったなという印象があります。

逆に言うと、訪日外国人だってスマホがあれば快適に移動できるだろうし、安心して日本を動き回れる環境を提供できると思います。日本の街中では表記が日本語中心になっているので、外国の方にとってはわかりにくいと思いますが、そういった人たちを救えるのがスマホなり、通信なのでしょうね。

それ以外でも、身体が不自由だったり怪我をしていたりすると、駅のホームを歩くのも大変じゃないですか。そのとき、スマホが進化して5G通信が完備されていれば、スマホが「ホームのどこを歩けば負担が少ないか」「どこを通ると落ちてしまう危険性があるか」ということをカメラで判断して、最適にナビゲーションしてくれるかもしれません。適正ルートの指示といったことは、5Gで実現すると思います。

これからの時代、外国人や身体が不自由な人などに向けて、優しくサポートしてくれるようなスマホが誕生して、それを支える通信として5Gの技術が役立てばいいなと思います。

技術が社会を徐々に良くする

森川 ── 今の話に関して言えば、視聴覚障害の方をサポートするスマホアプリを開発しているスタートアップ企業*3があって、彼らは「ぜひ5Gが欲しい」と言っているんですね。やはり大容量のコンテンツを映像としてちゃんと見せたいという目的があるからです。

また、視覚障害を持たれている方自身に聞くと、点字ブロックにガイドされて歩いていても「ここが銀行の前」といった情報がなかなか得られないそうです。「銀行の前に着いたらスマホに教えて欲しい」という需要があるのですね。

でも、地上を歩いている分にはまだいいそうで、問題は地下に入ったときだと指摘しています。地上でもわからないことはたくさんあるのに、地下に入ったらますます状況が悪くなる。地下で災害が起きたとき、どこからどう避難するのかまったくわからない。それが一番怖いと。

こういう問題を地道に少しずつ改善するというのが、技術の理想です。5Gになると大容量コンテンツでいろいろな新しい体験ができるようになっていきます。でも、それ以外に我々の生活を裏で支えているところ、それが知らないうちに進化しているというか。普通に生活しているとわからなくても、「こんなところがスマート化しているんだ」という風になればいいですね。

石川 ── これからの時代は街のいたるところにカメラが設置され、そのカメラが通信していろいろなものを解析するといった、状況を判断する社会になっていくはずです。5Gで言うと、KDDIがセコムと共同でガードマンにカメラを着けるという実証実験を行っています。5Gを使ってリアルタイムで映像を飛ばし、センターで一括管理しているんです。それによって、万が一何かがあっても状況を振り返ることができ、防犯に役立てられるんですね。

KDDIとセコムが共同で行っている5Gによる監視カメラ画像の中継実験と、5Gの特長(高速・大容量、低遅延、多接続)を活かしたセキュリティシステムのイメージ
KDDIとセコムが共同で行っている5Gによる監視カメラ画像の中継実験と、5Gの特長(高速・大容量、低遅延、多接続)を活かしたセキュリティシステムのイメージ
http://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2017/02/22/2331.html
提供:KDDI/セコム

── 5Gによって人々の安心や安全が増すというのは、技術にとって非常に良い使われ方だと思います。

森川 ── スマホで河川の氾濫状況をチェックすると、「危険な水位になった」というのがパッとわかるとか。10年前、20年前にはこんなものはなかったよね、というものがたくさんあるような社会を実現したいですね。「そう言えばあの川はいつ氾濫するのかわからないから、大雨のたびに不安になっていたけれど、今は氾濫前に非難ができるようになって安心」とか。

社会の裏側のところをじわじわと変えていくと、あるとき全体がガラッと変わってしまう。こういう地道な改善にこそ、実はイノベーションの芽があるのではないのでしょうか。

[ 脚注 ]

*3
視聴覚障害の方をサポートするスマホアプリ:
東京都障害者IT地域支援センターが「iPhone、iPad用・障害のある人に便利なアプリ一覧」としてリストを更新している。Wi-Fi環境の必要性についても項目がある。
対談を終えて

Profile

森川博之(もりかわ ひろゆき)

1965年生まれ。東京大学大学院工学系研究科教授。

1987年東京大学工学部電子工学科卒業。1992年同大学院博士課程修了。博士(工学)。1997年東京大学大学院工学系研究科助教授。1999年東京大学大学院新領域創成科学研究科助教授。2006年東京大学大学院工学系研究科教授。2007年東京大学先端科学技術研究センター教授。2017年4月より現職。
IoT(モノのインターネット)、M2M、ビッグデータ、センサネットワーク、無線通信システム、情報社会デザインなどの研究開発に従事。
電子情報通信学会論文賞(3回)、情報処理学会論文賞、ドコモモバイルサイエンス賞、総務大臣表彰、志田林三郎賞など受賞。
OECDデジタル経済政策委員会(CDEP)副議長、新世代M2Mコンソーシアム会長等。総務省情報通信審議会委員、国土交通省研究開発審議会委員、文部科学省科学技術・学術審議会専門委員等

石川温(いしかわ つつむ)

1975年生まれ。ジャーナリスト。

1998年中央大学商学部卒。同年日経ホーム出版社(現日経BP社)に入社。「日経トレンディ」編集部で、ヒット商品、クルマ、ホテルなどの取材を編集記者として行った後、2003年に独立。
携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材。キャリア、メーカ、コンテンツプロバイダだけでなく、アップル、グーグル、マイクロソフトなどの海外取材、執筆活動を行っている。
著書『ケータイ業界30兆円の行方』『グーグルvsアップルケータイ世界大戦』、『スティーブ・ジョブズ 奇跡のスマホ戦略』『仕事の能率を上げる最強最速のスマホ&パソコン活用術』ほか多数。
ニコニコチャンネルでメルマガ「スマホ業界新聞」を配信中。twitterアカウントは@iskw226。

Writer

神吉 弘邦(かんき ひろくに)

1974年生まれ。ライター/エディター。
日経BP社『日経パソコン』『日経ベストPC』編集部の後、同社のカルチャー誌『soltero』とメタローグ社の書評誌『recoreco』の創刊編集を担当。デザイン誌『AXIS』編集部を経て2010年よりフリー。広義のデザインをキーワードに、カルチャー誌、建築誌などの媒体で編集・執筆活動を行う。Twitterアカウントは、@h_kanki

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