No.015 特集:5Gで変わる私たちのくらし
Laboratolies

名人・達人だけが感じる感覚を素人に体験させる

TM ── 先生は、ずっと東大で研究されてきたのでしょうか。

稲見 ── いろいろな大学を回っています。修士までは東京工業大学で、VRの研究を始めた博士課程から東大に移りました。研究室を最初に立ち上げたのは電気通信大学で、そこに5年間在籍したのですが、途中からマサチューセッツ工科大学(MIT)の人工知能コンピュータ科学研究所に移籍して客員科学者をしています。そして、慶應義塾大学大学院のメディアデザイン研究科という融合領域の研究課程の立ち上げメンバーとして呼んでいただき、7年7か月在籍した後、東大に戻ってきました。

TM ── それぞれの大学・研究機関で、研究テーマは一貫していたのですか。

稲見 ── 学生の興味対象やそれぞれの大学の得意な分野によって、微妙に変わってきますね。また、学科が違えば、学生の興味対象も変わってきます。もちろん私の研究の軸は変わりませんが、理論的な探究か、応用技術の開発か、さらには社会実装を重視するのかといった違いはありました。そうした違いを経験できたことは、私にとって学ぶことが多かったように思います。現在は、社会実装も当然目指していますが、人間をより深く知る方向に目を向けて、理論面での研究に注力しているところです。

TM ── 具体的には、どのような研究に取り組んでいるのでしょうか。

稲見 ── 例えば、スポーツの名選手の動きを初心者に伝えるといった、人間が身につけたスキルを他の人に伝える研究をしています。これまでスキルを上達させるためには、コーチが言葉による指導や模範を示すことで体の動かし方を指示し、教わる方は見よう見まねで繰り返す方法が一般的だったと思います。しかし、VR装置を使って、名選手だけが感じている感覚を伝えることができれば、上達を速めることができるはずです。同じ研究室の檜山敦講師が以前から取り組んでいるのですが、本来なら取得に数週間は掛かるような紙すきの人間国宝による技能を、実際におよそ一日で身に着けることができた、といった事例もあります。

TM ── 運動や技能の勘所や感覚は、簡単に言葉で伝わるものではありません。それを機械で伝えることができるのはすごいことです。

稲見 ── たとえ言葉で伝えようとしても、熟練者は運動や技能が無意識にできているため、どの筋肉をどう使っているか説明ができません。リハビリなどで歩行訓練する場合などには、体の動かし方をはっきりと意識するようになります。しかし普段は、右足を何センチメートル上げて、関節の角度を何度くらい折り曲げて、などと考えて歩いてはいません。

TM ── 確かに、大型トラックの運転手が、なぜ狭い道の交差点を易々と曲がることができるのか、いまいち理解できませんがきっと、熟練者だけが感じている感覚があるのですね。

稲見 ── 人間の能力を拡張して、新しいエンターテイメントを作る試みも進めています。私が共同代表を務めている超人スポーツ協会では、人間を支援する技術を使って、老若男女の区別なく多くの人が楽しめるスポーツのイベントを、2020年くらいまでには開催しようと計画しています。

例えば、ばねでできた西洋竹馬を足につけてジャンプ力を強化して戦う格闘技、電動スクーターに乗って行う球技、あえて滑りやすくした電動車いすを使ってドリフト走行するレース、またVRやARを使って魔法を打ち合って戦う競技など、様々なスポーツを考案し試しています。

誰でも小学生ぐらいのころに、思い思いのローカルルールを考えて、新しい遊びやスポーツを楽しんだ経験があると思います。それが、年齢が上がってくると、一定の枠の中で競うことに終始するようになってしまいます。しかし、たまには子供のころに戻って、自分たちで新しいスポーツを作ることで、スポーツのルールの合理性を再認識したり、能力が拡張することで人がどのように感じるのか自分の体で体験したりできるようになると考えています。

バブルジャンパー
[写真2] ばねでできた西洋竹馬を足につけてジャンプ力を強化した状態で競うバブルジャンパー
相手を先に倒すかエリアから出した方が勝ち。上半身に被っている弾力性のある透明な球体が転倒時の衝撃から身を守る。器具で人体を拡張した選手同士が激しくぶつかり合う迫力が魅力。
写真提供:(一社)超人スポーツ協会

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