No.015 特集:5Gで変わる私たちのくらし
Laboratolies

試す前に勉強しすぎないことが大切

TM ── 今、研究室には、何人の学生がいるのでしょうか。

稲見 ── 東大では4年生の卒業研究生が9月末に配属され、4名います。私の研究室はできてからまだ2年なので、大学院生は修士がまだ1年生のみですが3名、博士が2名在籍しています。

TM ── 先生が取り組んでいる研究テーマは、様々な分野の知見や技術が混ざり合った、とても複雑なもののように見えます。研究室の学生は、幅広い知見が求められる研究に、すぐに入っていけるものなのでしょうか。

稲見 ── みんながんばって取り組んでいますよ。研究においては、真剣に考えて論文を書く時間ももちろん重要です。しかし、一見研究には役に立たなそうであっても、実は何らかの形で研究に関連している「遊び」を、普段からきちんと体験していることも同様に大切なのです。このため私は、「色々なおもちゃを使って遊べ」と学生に呼び掛けています。「PlayStation VR」や「Nintendo Switch」で遊びながら、気づいたり、思いついたりすることも多いと考えています。

TM ── 学生を指導するうえで、どのような点に気を配っているのでしょうか。

稲見 ── 勉強させすぎないことですかね。東大の学生、MITの学生も同様でしたが、研究で困った状況になると、みんな勉強に走ってしまいます。もちろん必要な知識は漏れなく確実に身に着けなければいけないのですが、先に勉強してから考えても大抵よい結果が出ません。研究では最先端のことに取り組んでいるわけですから、教科書や論文を読んでも答えに行き着きかないのです。そこで、まず、自分で作って試してみることが何より重要になります。

これは社会に出てからも同じだと思うのですが、自分が何かをしていく中で、主体的に学ぼうとしたことは血肉になって忘れません。まず試して、そこで必要だと感じた知識を学ぶという順番が重要です。特に情報技術の分野の知識は、5年も経てば陳腐化してしまいます。常に学び続けていくことが求められるわけです。必要に応じた知識を学んで、問題を解決していく習慣を会得することは、将来に向けてとても役に立つと思います。

稲見 昌彦教授

よい成果は、多様な知恵や価値観の入力から生まれる

TM ── 企業や外部の研究機関と一緒に進める研究も多いのでしょうか。

稲見 ── たくさんあります。そこでは、学生に参加してもらうこともあります。昔は、大学が持っている知的財産や発明を企業に移転する「技術移転モデル」で産学連携を進めることが多かったのですが、成果に結びつきにくいことも多々ありました。今では、企業と大学が、違った問題意識と異なるスキルを持ち寄って、共に考える形の産学連携に変わってきています。この方が、よほど実りある成果が得られることが分かってきたのです。

こうした場に学生が参加し、現場を知る人の話を聞いたり、企業が抱える問題意識と取り組んでいる開発案件について一緒に議論したりできることは、貴重な経験になっていると思います。

TM ── 大学の先生は、学問の探究が本業と考えますが、産業界の問題意識を知ることは、学問の探究に役立つのでしょうか。

稲見 ── 人間の脳みそには、個人差はそれほどないと、私は考えています。今よりもよいアウトプットを出したいと思ったら、インプットを変えることが最良の方法です。普段、私たちが接していない情報や知見を、企業の方からもらうことは、インプットの質が変わるということです。これは、よい成果を生むために、とても大切なことだと感じています。また、私は研究者であるとともに、エンジニアでもあると自認しています。自分が考えたアイデアが実際に社会に広まっていくことは、とても大切な価値だと思うのです。

TM ── より多くの異質なインプットを得ることが重要なのですね。

稲見 ── 大学のいいところは、業界を超えることができる点ですね。例えば、ある建設機械メーカーの方々と共同研究をしたときのことですが、そこで語られる彼らの問題意識が、ゲーム業界の人たちが普段考えているものに近いと気づいたことがありました。そうなると、ゲーム業界で一般に使われているノウハウや考え方を、この研究室を通して建設機械の業界へと伝えることができます。恐らく彼らは、自動車業界ぐらいまでは動向調査していたとしても、ゲーム業界までは対象にしていないと思います。こうした役割は、大学だからこそできることです。

TM ── 花の間を、花粉を付けて飛び回り、実を結ぶ助けをしているミツバチみたいな役割ですね。まさに、大学は“知恵のミツバチ”ですね。

稲見 ── ミツバチという表現はいいですね。大学は、独立した教育機関、研究機関ではなく、社会の結節点になり得るものだと考えています。学生たちはいろいろな業界に旅立っていきますが、大学の研究室の仲間と再会することで、全く違った業種の人たちがつながります。そこから、企業横断型のプロジェクトが始まるかもしれません。旅立っていった学生たちは、巣箱が同じミツバチということですね。

稲見 昌彦教授

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