No.015 特集:5Gで変わる私たちのくらし
Laboratolies

リビングラボは、多様な知恵が集まり課題を共有する場

TM ── 研究室の経営という観点から見たとき、研究室の価値を高めるためには何が大切だと思われますか。

稲見 ── かつての研究室の価値は、高価な計測機械が使えるといった、設備にあったと思います。もちろん今でも分野によってはそういった面が残っていますが、少なくとも私が身を置く情報系の研究室では、たいして高価な装置は必要ありません。個人のパソコンなどでできることがほとんどです。

現在の研究室の価値というのは、多くの企業や大学、研究機関連携して、どれだけ多様な価値観や発想、知恵が集まる場を持っているかで決まるのではないでしょうか。学生や研究者が、多種多様な人たちと一緒に研究を進める体験ができることが大切なのです。一度、そうした場ができあがれば、面白い成果が次々と出てくると考えています。

TM ── この研究室に立派なリビングスペースがあるのは、ものすごく特徴的だなと思います。どうしてこうした空間を作ったのですか。

稲見 ── これは、「リビングラボ」と呼ばれる、生活空間と研究で生み出した成果を同居させて、実際に研究成果のプロトタイプを使いながら生活空間に関わる技術を磨いていくための場です。リビングラボは、技術のユーザー、生産者、研究者が一堂に介して、解決すべき問題を探索していくことを目的に、欧州で誕生しました。ここは、遊びながら、使いながら、研究の種を探していくために作られた空間なのです。私たちは、企業の方々とも、ここでアイデア出しやワークショップをしています。そして、解決法だけではなく、何に取り組むべきかを考える場としても使っているのです。

稲見・檜山研究室のリビングラボ
[写真3] 稲見・檜山研究室のリビングラボ

TM ── 学生や若い研究者が今、養うべきスキルは何だと思われますか。

稲見 ── 表現することを恥ずかしがらないことですね。アウトプットを意識して、研究を進めることが重要です。東大には勉強が得意な学生が多いので、インプットは大好きなのですが、息を吸い続けるだけでは死んでしまいます。吸ったら、吐く、それが生きている証です。新しいアイデアや何かを作りたい欲求が湧いたら、人前で話さなければ意味を成しません。それによって、話を聞いた人との間で知恵を交換することができるようになります。研究業界の掟は、情報を通貨とした知恵の交換です。面白い話をすれば、相手も新しいアイデアを話してくれます。

稲見 昌彦教授

TM ── しっかりと表現できるか否かは、プロとアマの差になるかもしれませんね。アマチュアの研究者は、自分だけがより多く知っていることがうれしくてたまりません。でもプロはそうはいきません。

稲見 ── その通りです。表現したことの対価が得られるようになることが、プロになるということです。表現することは、慣れないと難しいし、恥ずかしいことなのです。私も修士論文の発表前には、徹夜して何度も原稿を直し、すべて覚えて臨みましたが、散々な結果でした。今は原稿などなくても、日本語でも英語でも普通に話せるのですが、これは慣れなわけです。何回か場数を踏んで、相手からのリアクションをもらえると、今度はそれが楽しくなってくる瞬間があります。

研究室に入れば、学会発表などの機会があり、人前でプレゼンすることを学んでいけます。これも研究室で提供できる有用な機能でしょう。世の中には天才的にプレゼンのうまい人もいますが、そんなセンスなどなくとも、トレーニングすれば誰でもプレゼンのスキルは会得できます。

TM ── 稲見・檜山研究室に興味を持った学生さんたちにメッセージをください。

稲見 ── どのようなことでも、どんな簡単なことでも、人まねでもよいので、何かを作り、人前で表現する経験をしてください。勉強することも大切ですし、学校の成績がよいことも重要なのですが、自分の意思で一歩を踏み出した経験があると、研究を進める上で大きな力になると思います。

稲見 昌彦教授 芹沢 信也
稲見 昌彦教授

Profile

稲見昌彦(いなみ まさひこ)

東京大学先端科学技術研究センター教授。博士(工学)。

1994年、東京工業大学生命理工学部生物工学科卒。1996年、同大学大学院生命理工学研究科修士課程修了。1999年、東京大学大学院工学研究科先端学際工学専攻博士課程修了。東京大学リサーチアソシエイト、同大学助手、JSTさきがけ研究者、電気通信大学知能機械工学科講師、同大学助教授、同大学教授、マサチューセッツ工科大学コンピューター科学・人工知能研究所客員科学者、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授等を経て2016年より現職。自在化技術、Augmented Human、エンタテインメント工学に興味を持つ。現在までに光学迷彩、触覚拡張装置、動体視力増強装置など、人の感覚・知覚に関わるデバイスを各種開発。米TIME誌Coolest Invention of the Year、文部科学大臣表彰若手科学者賞などを受賞。超人スポーツ協会発起人・共同代表。著書に『超人スポーツ誕生』(NHK出版新書)がある。

稲見・檜山研究室URL: https://star.rcast.u-tokyo.ac.jp/

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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