No.015 特集:5Gで変わる私たちのくらし
連載01 オーガニックな電子機器が変える未来の生活
Series Report

現在の化学の教科書では、有機物を「炭素を含む化合物のうち、一酸化炭素や二酸化炭素のように簡単な構造の化合物を除いたもの」と定義している。なぜ二酸化炭素などを除くかといえば、生物を構成する化合物という本来の定義の有機物と、性質が大きく異なるからだ。では、有機物固有の性質とは何か。それは、炭素、酸素、水素、窒素といった、わずかな種類の元素を組み合わせて、多彩な特性を備える多種多様な化合物を作ることができる点にある。しかも、高い温度や圧力を外部から加えなくても、別の有機物を合成できるのだ。この点こそが、地球という極めて環境が安定した星の上で、高度な生物が生まれた大きな要因でもある。つまり、有機物とは、限られた元素から、小さなエネルギーで個性的、かつ多様な化合物を作り出せる物質であると言える。

生物との親和性が高いこと。また、小さなエネルギーで多様な化合物を作り出せること。この2つの有機物固有の性質を生かして電子機器を作ることこそが、有機エレクトロニクスの本質的な狙いである。

電子機器ユーザに、もっと自由を

有機物の性質の1つである、生物との親和性が高いという特徴を生かすことで、実際に様々な形状の電子機器や電子部品を作る取り組みが増えている。有機エレクトロニクスの中でも、こうした応用に向けた技術を特に「フレキシブルエレクトロニクス」と呼んでいる。最近では、3次元的な曲面上に電子回路を作る技術、たわませたり、折り曲げたり、巻き上げたり、さらには伸ばしたり縮ませたりしても、壊れずに動作する電子回路を作る技術が確立されてきた。

便利なことこの上なく、手放すことができないスマートフォンを、使っていない時にはどこにしまっておけばよいのかと苦慮してしまう。多くのプロダクトが使っていない時に邪魔者扱いをされないように、デザインを工夫し、機器が置いてあるだけでも価値を主張できるアートに昇華させる動きがあり、実際に欧米のデザイン家電などは、電器製品が本来異物であることをわきまえて、この点に対策を施して成功している。

有機物でできた人間にとって、無機物でできた電子機器は、本来異物である。現在の電子機器に異物感を感じる最大の理由は、形状が限定的で、使っている時のしなやかさに欠けるからだ。見た目がいかにも人工物である印象を与え、自然の中にある様々なモノに形状を合わせられない電子機器は、自ずと利用する場所が限定されてしまう。さらに、人間など生物の動きに追随して形状を変えられないものは、ユーザの動きを妨げてしまう。

対処療法を施して異物である電子機器から異物感を取り除くのではなく、異物感を感じない物質で作り込み、新しい応用を開くことが有機エレクトロニクスを開発する狙いである。

IoT時代、電子機器の異物感を除く技術が必須になるだろう

ハッキリと意識して使っている時にも、また使っていることを意識していないような時にも、必要以上に存在感を誇示せず、ユーザにひっそりと寄り添う電子機器。使い勝手から言えば、こんな電子機器こそが理想ではないか。電子機器のユーザは、ほとんどの場合、人間である。だからこそ、生物との親和性が高い有機物を基にした有機エレクトロニクスが、その実現手段として有効になる。

現在の電子機器は異物としての存在感がありすぎる。このため、ウェアラブル機器のような身につけて無意識の下で使う用途には向かない。何度も話題になりながら、ウェアラブル機器の普及が思ったようなペースでは進んでいないのは、時計やメガネなど既存の道具にどんなに似せても、ぬぐえない異物感があるからではないだろうか。

また、現在の電子機器は、どんなに役に立つものでも、生活空間やオフィスなど人が暮らす場に置いておくと目障りになる。機械好きのお父さんが買ってきた家電製品を見たお母さんが、目のつくところに置きたがらないのは、よくあるシーンではないか。異物感のない電子機器を作る有機エレクトロニクスは、様々なモノや人に電子的な機能を付加してネットにつなぐ、IoT時代には欠かせない技術となるだろう。

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