No.015 特集:5Gで変わる私たちのくらし
連載01 オーガニックな電子機器が変える未来の生活
Series Report

電子回路の生産現場にも、もっと自由を

有機物のもう1つの性質、小さなエネルギーで多様な物質を作り出せる特徴を生かして、印刷技術によって電子回路を形成する技術の開発が進んでいる。こうした応用に向けた有機エレクトロニクス技術を特に「プリンタブルエレクトロニクス」と呼んでいる。

インク状の導電性材料、半導体材料、絶縁材料などを使えば、既存の印刷技術の延長線上の技術で、シートやモノの上に電子回路を描き込むことができる。有機エレクトロニクスでは、オフセット印刷、グラビア印刷、インクジェットプリンタでの印刷など、扱う材料の特性や目的に応じて様々な印刷手法が試されている。室温・大気圧下で印刷によって電子回路を生産できれば、現状の生産技術よりも生産上の制約が大幅に少なくなり、そのメリットは絶大だ。

まず、低コスト化できる。輪転機を使って、新聞などを連続的に印刷する様子を見たことがある人もいるだろう。ロール状に巻き取られたシートへの連続的な印刷(ロール・ツー・ロール印刷)ができるようになると、スループット(作業量)が高まり低コスト化できる(図6)。しかも、常温・大気圧下で生産できれば、大掛かりな生産設備が不要なため、設備投資や工場の運用コストも削減できる。有機エレクトロニクスでのロール・ツー・ロールの印刷技術は、有機ELを応用したディスプレイや照明の生産手段として、韓国や台湾などで盛んに研究開発されている。

実は、有機エレクトロニクスで作る電子回路にとって、低コスト化は利点というより、実用化に向けた必要条件でもある。有機材料は、無機材料ほど特性が安定していないため、耐用時間が短くなりがちだ。このため用途次第では、次々と使い捨てにできる低コストであることが欠かせない。ただし、この使い捨てという利用法は、器具の使い回しによる感染症を恐れる医療分野では、逆に利点になる。

ロール・ツー・ロール印刷でフィルム上に作った電子回路ロボットアームの先に取り付けたインクジェットプリンタでグラスの表面に回路パターンを印刷
[図6] 印刷技術を使って低コストで電子回路を形成
ロール・ツー・ロール印刷でフィルム上に作った電子回路(左)、ロボットアームの先に取り付けたインクジェットプリンタでグラスの表面に回路パターンを印刷(右)
出典:Holst Centre(左)、山形大学(右)

付加価値の高い印刷技術の開発を進める動きもある。有機エレクトロニクスの技術開発に積極的な山形大学は、ガラスコップの表面など、あらゆる3次元物体表面に電子回路を形成する技術を開発した。有機半導体インクや配線用の銀ナノ粒子インクなどを、ロボットアームの先につけたノズルで、様々な方向に向けて吐出させてインクジェット印刷する。

実用化にはエコシステムの整備が必須

有機エレクトロニクスは、無機材料をベースにしたこれまでのエレクトロニクス技術とは技術体系がまったく異なる。このため、材料、製造装置、デバイス、機器、応用サービスといった電子機器のサプライチェーンやバリューチェーンを根こそぎ刷新しなければならない。つまり、技術開発と実用化に際しては、様々な役割を果たす企業や機関が連携して、新しいエコシステムを作っていく必要があるのだ。この点は、実用化に向けたハードルが多いことを意味しているが、まったくの新規市場であるため、取り組む意義は大きい。

既に、電子産業をリードしている国や地域では、有機エレクトロニクスに関連する企業や研究機関、大学によるコラボレーションが始まっている。以下はその例だ。

アメリカでは、国防総省が「Flexible Hybrid Electronics Manufacturing Innovation (FHEMI) Institute」と呼ぶ産官学プロジェクトを立ち上げて、研究開発と実用化に向けたエコシステムの構築を急いでいる。ここには、AppleやHewlett-Packardなど電子産業の企業だけではなく、電機メーカのGeneralElectric、航空機メーカのBoeing、医薬品メーカのRoche、食品メーカのKelloggなど多彩な業界から100社以上が参画している。ヨーロッパでは、先に事例を紹介したHolst Centreが、有機エレクトロニクスの要素技術と共に、生産技術、応用技術も合わせた一貫開発に取り組んでいる。韓国では、国家プロジェクト「Printed Electronics Total Solution(PETs)」を立ち上げ、ディスプレイや照明分野での有機エレクトロニクスの実用化を目指した技術開発が進められている。日本では、東京大学や山形大学、産業技術総合研究所などを中心として、複数の国家プロジェクトが進められ、そこに関連企業が集結している。

以上、簡単ではあるが、有機エレクトロニクスの存在意義について説明した。連載第2回では、有機エレクトロニクスを構成するそれぞれの技術要素について、詳しく解説していきたい。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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