No.015 特集:5Gで変わる私たちのくらし
連載01 オーガニックな電子機器が変える未来の生活
Series Report

肌の上、服の上、建物の表面に電子回路

既に、電子回路を構成する、基板、半導体、導体、絶縁体のそれぞれに有機材料を使い、従来実現できなかった形状、機械的性質を持った電子機器や電子部品が試作されている。中には既に製品化されているものもあるので、いくつか具体例を紹介しよう。

オランダの独立系研究機関であるHolst Centreは、生体情報のモニタリングに用いるセンサパッチを、有機エレクトロニクスを使って開発した(図3)。医療に使う情報を取得するセンサは、いかに日常生活に近い状態のデータを取得することができるかが重要になる。このため、センサの精度を高めるよりも、パッチを装着する人が感じる違和感を極力減らすことを優先して、継続的な技術開発を進めている。さらに同研究所では、心電図や活動量を計測できる機能を備えたTシャツを開発した。独自開発したフレキシブルで伸縮性に富む配線技術を採用し、柔軟性や伸縮性、通気性、軽量性といった繊維本来の性質を損なうことなく電子回路を取り付けている。これは何と、洗濯もできるという。

伸縮可能なウェアラブルセンサ
[図3] 伸縮可能なウェアラブルセンサ
生体情報のモニタリング用のセンサパッチ(左)、心電図や活動量を計測できる「SmartShirt」(右)
出典:Holst Centre

電子回路の伸縮性を高めるための技術開発も進められている。東京大学は、長さを5倍に伸ばしても高い導電性を維持できる、伸縮性の配線技術を開発した(図4)。これは、ゴムにミクロンレベルの銀フレークを混ぜた材料を利用したものだ。伸縮可能な電子デバイスを作る技術は、医療やヘルスケア以外の分野でも広く求められている。例えば、球面に電子回路を形成したい場合、電子デバイスで作った伸縮性のあるシートを、球面に押し付けて伸ばせば、ピタリと貼り付けることができる。球面以外の複雑な3次元物体の表面でも、電子デバイスのシートを1種類用意しておくだけで対応可能だ。こうした技術は、複雑な表面形状のクルマのコンソールに電子回路を作り込むといった場面でも求められている。

さらに同大学は、人間の肌に直接貼り付けても、発汗などによるかぶれや皮膚アレルギーなどの炎症反応を起こさない、生体適合材料ベースのナノメッシュセンサも開発した。ポリビニルアルコール(PVA)のフィルム上に、生体に対して親和性が高い、金製のナノメッシュ構造の繊維状ファイバの配線を作成。フィルムを皮膚に貼り付けた後に水を吹きかけるとPVAが溶け落ちて、糊の役目を果たし皮膚に付着する仕掛けである。配線がメッシュ構造であるため、通気性も確保できる。この例では、状態変化しやすい有機材料の特徴を生かすとともに、異物である無機材料の金が人間の肌に化学的な影響を及ぼしにくいことも利用している。

電子回路の違和感を極力減らす技術開発が進む
[図4] 電子回路の違和感を極力減らす技術開発が進む
5倍に伸ばしても高い導電性を維持できる配線技術(左)、人間の肌に貼り付けても影響を与えないナノメッシュセンサ技術(右)
出典:東京大学

これまでの技術では実現できない、大きな面積の電子回路や電子デバイスを作る技術も登場している。ドイツの化学・医薬品メーカであるMerckは、建物の外観デザインに合う建材一体型の太陽電池を開発した(図5)。実現の肝になったのは、有機薄膜太陽電池の形成に必要なp型半導体とn型半導体のインクである。同社は既に、このインクを製品化している。

これまでの電子回路や電子デバイスは、なるべく小さく作るための技術開発に注力してきた。しかし、面積が大きなモノの表面全体に電子回路や電子デバイスを形成したいというニーズは実は多い。Merckの例のように、建物全体を太陽光発電設備にしてしまうという用途や、道路や橋梁など社会インフラ全体をセンサにしてしまい、老朽化の度合いを探るといった用途である。こうしたニーズに応える方法として、電子回路や電子デバイスを構成する材料を、有機エレクトロニクスを応用して塗料にしてしまう方法が想定されている。つまり、ペンキ代わりに電子回路を塗るという発想である。

建物を太陽電池で覆う
[図5] 建物を太陽電池で覆う
半透明有機薄膜太陽電池モジュール(左)、「Expo Milano 2015」ドイツパビリオンでの太陽電池を貼り詰めた傘状の屋根の展示(右)
出典:BELECTRIC OPV

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