No.015 特集:5Gで変わる私たちのくらし
連載01 オーガニックな電子機器が変える未来の生活
Series Report

最新のiPhoneXに内蔵されている中核チップ「A11 Bionic」には、たった90㎟のチップの上に、43億個ものトランジスタが集積されている。もちろん、その他のチップも数多く搭載されているので、1台の中に地球上の人口をはるかに超える数の電子部品が搭載されていることになる。現存する人類の総数以上の電子部品が、たった一人のためにメールを読ませたり、暇つぶしのゲームに付き合ってくれたりする様子を想像すると、随分申し訳ない気がしてくる。こうした大いなる無駄遣いは、現在のエレクトロニクス技術を支配する「Mooreの法則*1」の魔力があればこそ可能になっている。

Mooreの法則は、無機物ベースの素子だからこそ成立

Mooreの法則は、無機物であるシリコンをベースにしたトランジスタでチップを構成しているからこそ、成り立っていると言える。その理由は以下のようなものだ。

電子素子の特性は、大きく2種類の要因によって決まる。1つは素子の構造、もう1つは素子を構成する材料の物性である(図3)。例えば、電荷を蓄積するコンデンサは、向かい合う電極の距離を縮めるし、電極の面積を大きくすることで、容量を大きくできる。つまり、素子の構造を変えることで、特性を変えることが可能なわけだ。また、電極の間に挟む誘電体の誘電率を高めても、容量を大きくすることができる。つまり、素子を構成する材料の物性を変えることでも、素子特性を変えることは可能なのだ。

電子素子の特性は、構造もしくは材料の物性で決まる
[図3] 電子素子の特性は、構造もしくは材料の物性で決まる
作成:伊藤元昭

素子の特性を決める要因のうち、構造を変える方法は、無機物ベースの電子素子の特性を改善するのに向いている。物性が安定しているため、均一な寸法と形状の素子を作り、その形を維持しやすいからだ。一方、物性を変える方法は、有機物ベースの電子素子の特性を改善するのに向いている。ちょっとした合成条件の変化で、物性を大きく変えることができるからだ。

Mooreの法則は、素子構造を微細化することを前提とした法則だ。これこそが、無機物のシリコンだから成立していると言われるゆえんである。もちろん、無機物ベースの素子の特性は、材料の物性を変えることでも改善できる。実際、微細化による特性改善が困難になった半導体デバイスでは、新材料の導入による特性改善が盛んに行われるようになった。

同様に、有機物ベースの素子も構造を変えて特性改善することができる。ただし、その難易度はケタ違いに高くなる。製造条件や利用条件によって、材料の物性が大きく変動してしまうからだ。このため、少なくとも実用上は、Mooreの法則が有効な用途で、無機物ベースの素子が有機物ベースの素子に置き換わることはないだろう。

アナログ情報の扱いは有機物向き

ここからは、素子の役割の適性を考えたい。無機物ベースの素子の数を増やすことで、高度化できている仕事とはどのようなものなのだろうか。答えは、デジタル化できる仕事だ。世の中の現象や出来事を数字で表現し、これをさらに二進数に変換すれば、トランジスタで処理できる。裏を返せば、デジタル化できないアナログな現象や仕事をそのまま扱いたい仕事では、無機物ベースの素子の特長は生かせない。素子を微細化し、大量に利用しても性能は高まらないからだ。

現実の世界は、アナログな情報で満ちあふれている。風に揺れる木の葉の風景や鳥の鳴き声、雪の上を歩いた時の感触、赤ちゃんを抱いたときの重み、新米のご飯の歯ごたえや甘み、これらは全てアナログな情報である。こうした情報を電子機器で扱うためには、一度デジタルな情報に変換する必要がある。

いかなる電子システムでも、現実の世界からアナログ情報を集め、様々な処理を施した末に、現実の世界にアナログ情報として出力している。デジタル機器の代表であるスマートフォンだって、アナログ情報である音声やタッチ操作で入力し、処理結果をアナログ情報である画面に表示している。このため、世の中のITシステムのデジタル化がどんなに進んでも、必ずアナログ情報を扱う部分は残る。

具体例に挙げれば、センサ、ディスプレイ、アクチュエータなど入出力の機能を担う素子は、必ずアナログ情報を扱い続ける。ここに新しい価値を生み出すことこそが、有機エレクトロニクスの役割になるのだ。そして、入出力素子を有機物で構成するための技術開発は、その進化が加速しており、目覚ましい成果が次々と生まれている(図4)。

有機物ベースで作った新しい価値を盛り込んだ入出力素子
[図4] 有機物ベースで作った新しい価値を盛り込んだ入出力素子
出典:圧力センサ、有機LED、体温計は東京大学のニュースリリース、薄型有機太陽電池は理化学研究所のニュースリリース

[ 脚注 ]

*1
Mooreの法則: Mooreの法則とは、半導体の大規模集積回路の製造技術の進化によって、チップ上に集積可能な素子数の増加傾向を示したもの。Intelの創業者の1人であるGordon Mooreが発表した1965年の論文上で初めて論じられたため、このように呼ばれている。チップ上のトランジスタ数は、2年で2倍のペースで指数関数的に増えていくとするもので、電子産業の継続的かつ圧倒的な進化の後ろ盾として、現在に至るまでMooreの法則は効力を維持している。

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