No.011 特集:人工知能(A.I.)が人間を超える日

2016年3月、ディープラーニング(深層学習)によって成長するGoogleの囲碁プログラム「AlphaGo(アルファ碁)」が、世界トップ級の棋士との対局に勝利。にわかに脚光を浴びる人工知能は、人間の仕事に取って代わる役割としてもクローズアップされ、今日の話題をさらっている。しかし、人工知能というテクノロジーが変えるのは社会構造だけでなく、人間のあり方そのものかもしれない。国産の人工知能「KIBIT」の開発者である武田秀樹氏が、未来の人間の環境を研究する落合陽一氏を訪ね、議論を交わした。

(構成・文/神吉 弘邦 写真/MOTOKO)

自然言語のデータ解析で実現する予測医療

落合 ── 今日はようこそ筑波大学までお越しくださいました。昨年から僕はここを拠点に研究活動をしています。

僕たちの「デジタルネイチャー研究室」をご案内する前に、今日の対談テーマである人工知能の話を聞かせてください。

武田 ── 私たちの会社が主に手がけているのは、自然言語処理ができる人工知能(KIBIT、キビット)を、どうビジネスに展開するかというB to B事業です。今はエキスパートの知見をいかに学び、ビッグデータを解析できるのかを中心に取り組んでいます。

例えば、弁護士の判断を人工知能が学び、少量のデータで証拠を見つけるための解析を行ったり、医師や看護師の考えや感覚を学んで、その判断のある部分を代替できるか分析したりする領域です。

落合 ── 医療現場だと、人によって診療記録の書き方がカルテの上段と下段のパートで全然違いますよね。症例に対して判断した上段の記録は単純な意味と紐付けられますが、下段の自由記入欄を自然言語処理で分析するのは非常に大変だろうという印象があります。

武田 ── よくご存知ですね! 電子カルテの中身を読んだことがあるのですか?

落合 ── 一応はこの分野の研究者なので、いろいろなところで論文を読んでいるんです。電子カルテに関しては自然言語処理が一番の課題だと『ネイチャー』か『サイエンス』のどちらかに書いてあったんじゃないかな。

 

武田 ── 医師や看護師が書く診療記録は、患者さんがどういうことを言ったのか、それに対して見る側がどんなふうに判断したのかなど、サブジェクトとオブジェクトの箇所が「SOAP(ソープ)」という書式で大体構造化されています。ここを分析対象にすると、例えば、今後、転倒しそうな患者さんなどの予測もできます。

診療記録からその人がどのぐらい動きづらいのかを言語処理的に見ると、いくつかの徴候が浮かび上がるんです。すごく動ける人なら転ばないし、全然動かない人はもちろん転びません。動く身体的能力が鈍っている人、せん妄(意識混濁に加えて幻覚や錯覚が見られるような状態)などが出ている人、精神状態が良くなくて注意力が下がった人などが転びやすいんですね。

そうした特徴を言語的に捉え、総合的に判断して分析すると、転びそうな傾向が数日前に分かるという仕組みです。

落合 ── こうした分析はデータ量が命だから、どこかでものすごい量を提供してくれる会社があったりするといいのでしょうね。

武田 ── 私たちが開発したKIBITという人工知能は、少ない学習量で判断のパフォーマンスを発揮できるのが肝なんです。実験では、20件弱ぐらいの学習量でも結構分析できてしまうものなんですよ。

落合 ── 20件はすごいな。最低20万から2,000万件ぐらいのデータがあるといいと言われる世界だから、1万分の1以上の効率です。論文のようにミニマムなテキストでさえ、1,000から1万本の事例が要ると言われていますから。データセットが少なくていいのは単純に進歩と言えますね。すごくいいと思う。

武田 ── ニューラルネットワーク*1系の技術では、大きな問題を複雑に解析するのに、学習量がかなり必要とされています。それをかなり小さな量で済ませられる方法を私たちは追っています。

[ 脚注 ]

*1
ニューラルネットワーク: 脳の構造を工学的に再現した神経回路網のモデル

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