No.011 特集:人工知能(A.I.)が人間を超える日
Cross Talk
 

人間の意思決定の一部を人工知能が担う

武田 ── 今の機械学習の本質は、例えば、予測をして当たることでしょう。そうした確率論的な精度を伸ばす可能性が高いから重宝される。その過程で、何が起こっているかは解き明かされていないし、気にしなくても済む。結果がよく当たるから良いという考え方だと思うんですね。

でも、よく当たるからと言って、誰しも人が納得できるかというと、また別の問題があるんです。私は、もう少し納得を手伝ってあげられるテクノロジーが必要ではないかと思っていて、その一つは理由の提示にあると考えています。

私たちが今開発しているものは、理由を提示できる言語のエンジンです。「これが面白いですよ」という提示をした時、あなたにこういう理由で示しましたと。そういうことを繰り返していくと、人が何かをディシジョン(意思決定)していくことに対するリテラシーの感覚が変わってくると思います。

ここ10数年に必要だった素養がITリテラシーだったとすると、これからの時代はディシジョンのリテラシーみたいなものが必要になってくると思うんですね。それこそ、落合さんが著書で「デジタルネイチャー」と名付けた、インターフェイスも含めてコンピューティングが自然にあるような環境の中では。

落合 ── 判断過程と結果を見せるようにするのは重要ですね。人間にとっての完全情報ゲームなんて、囲碁や将棋のようなゲームくらいです。あきらかに政治だってそうじゃないし、経済活動もそう。でも、そうやってディシジョンを可視化していくということは、すべてを完全情報ゲームっぽくしていくんですよ、きっと。

今までは近視眼的な人間の尺度、大脳で演算できるものの中でしか、人間は考えてこなかったんだけど、ディシジョンの結果を機械が見せるようになると、すべてが割と完全情報ゲームに近くなってくるのでしょう。これはあり得る未来だと思います。

人間が人間らしくある社会のために

落合 ── 僕はよくデジタルネイチャーの話をする時、人間が人間らしく生きられるのはどういう世界かを一緒に考えます。

人間らしさを規定したのは、デカルトあたりなんですよね。西洋的キリスト教世界観における人間って、清貧な草みたいなものですから、自由意志は多分そんなになくて、神の下に生きる清貧な存在だった。

デカルトの頃、みんな困ったと思うんですよ。聖書がどうも合っていないらしい。何が合っているかよく分からない。じゃあ、我々はどこに思想のバックグラウンドを持てばいいのか?と。その後に、自然を機械論で捉える考え方の人間性が生まれ、ここ400年ほどはそれに賭けてきた。

でも、1960年ぐらいになると、地中から掘った鉱石で、コンピュータをつくれるようになった。単体ではただの計算装置だったんだけど、インターネットを作った瞬間に人間の介助装置になって、インターネット全体の構造は、人間が一人で判断できることをはるかに凌駕してしまったというのが、今の世界だと思うんです。

その世界観においては、人間って再び脱構築され得ると思うんです。自分の人間らしさというやつが。僕は「結局、人間はユルくていいよね」っていうところに落ち着くと思うんですね。機械が何かしてくれるならそれはそれでいいし、逆に機械に使われてもいいし、機械を使ってもいいし、そこをフレキシブルに毎日楽しくやっていこうと。それを明るいディストピアって呼んでるんですね。

武田 ── なるほど。私たちの研究とも結構つながる部分がありますね。

落合 ── 自分のハードウェア的な性能を認識して、特別性を1回廃した瞬間から始まると思うのです。みんながノーバート・ウィーナー*5の『人間機械論』みたいなものを小学校1年生からやさしく読むみたいな。

でもウィーナーはこう書いているんです。工業化社会では人間が人間らしく使われておらず、単にものを認識してそこにものを載せるだけの装置として不当に使われている。それは人間が人間らしく生きているとは言えない、とね。人間は何ができるのか。何ができないのか。それをどうモデリングされるのかを突き詰めることは、人間の人間らしさを理解することにつながると言っています。

それは本当にそう。人間というハードウェアについて理解すること、もしくはそのファンクションについて理解することは、ソフトウェアが持っている尊厳性を失わせることじゃないからね。

武田 ── 人工知能革命がもたらす未来は、そんなに暗くないでしょうね。

落合 ── おじさんたちはすぐ暗くしたがるけど。でも、インターネット革命と人工知能革命の区別も付いていない人たちは、これからダメでしょうね。

[ 脚注 ]

*5
ノーバート・ウィーナー: Norbert Wiener(1894年11月26日 - 1964年3月18日)アメリカ合衆国の数学者。ミズーリ州コロンビア生まれ。サイバネティックスの創設者として知られている。

Profile

落合 陽一(おちあい・よういち)

1987年東京生まれ。筑波大学図書館情報メディア系助教 デジタルネイチャー研究室主宰。博士(学際情報学)。

筑波大学情報学群情報メディア創成学類卒、東京大学大学院学際情報学府博士課程を飛び級で修了、2015年より現職。

コンピュータとアナログなテクノロジーを組み合わせ、新しい作品を次々と生み出し「現代の魔法使い」と称される。研究室ではデジタルとアナログ、リアルとバーチャルの区別を越えた新たな人間と計算機の関係性である「デジタルネイチャー」を目指し研究に従事している。

音響浮揚の計算機制御によるグラフィクス形成技術「ピクシーダスト」が経済産業省「Innovative Technologies賞」受賞。その他国内外で受賞多数。2015年ワールドテクノロジーアワードのITハードウェア部門受賞。

2013年にはPixie Dust Technologies ,Inc. ジセカイ株式会社を創業した。

http://digitalnature.slis.tsukuba.ac.jp

武田 秀樹(たけだ・ひでき)

1973年生まれ。株式会社FRONTEO執行役員CTO/行動情報科学研究所所長。

1996年早稲田大学を卒業。専攻は哲学。

複数のベンチャーで新規事業の立ち上げに参画後、2009年株式会社UBIC(現株式会社FRONTEO)入社。人の行動や思考パターンを解析する「行動科学」と、自然言語処理や機械学習などを駆使した「情報科学」を組み合わせた「行動情報科学(Behavior Informatics)」を提唱。人工知能を情報発見の分野に応用することを得意とする。

多彩なバックグランドを持つ研究者や開発者を集め、人工知能「KIBIT」の研究開発を指揮。不正調査や裁判の証拠発見での人工知能の適応に取り組み、世界に先駆けてアプリケーション開発に成功した。

言語処理学会、人工知能学会会員。

Writer

神吉 弘邦(かんき ひろくに)

1974年生まれ。ライター/エディター。
日経BP社『日経パソコン』『日経ベストPC』編集部の後、同社のカルチャー誌『soltero』とメタローグ社の書評誌『recoreco』の創刊編集を担当。デザイン誌『AXIS』編集部を経て2010年よりフリー。広義のデザインをキーワードに、カルチャー誌、建築誌などの媒体で編集・執筆活動を行う。Twitterアカウントは、@h_kanki

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