No.005 ”デジタル化するものづくりの最前線”
Topics
理論

3Dプリンターが加速する製造業の知識産業化

製造業では、デジタル技術による製造プロセスの革新が急速に進んでいる。代表的なキーワードとしては、CNC(コンピュータ数値制御)、プリンテッドエレクトロニクス、3Dプリンターなどが挙げられる。

CNCを活用する代表的な企業はアップルだ。アルミニウムの塊が、CNCの切削装置によって削られ、iPhoneやiPad、MacBookなどの筐体(きょうたい)が作られていく。

プリンテッドエレクトロニクスは、印刷技術を利用して電子回路などを作成することを指す。柔軟性の高い高分子フィルム上に半導体などを作成することが可能になっており、ロール・ツー・ロール方式(ロール状の基板に回路などを印刷し、できたものを再度ロールに巻き取る)での電子機器製造も視野に入ってきている。

3Dプリンターはこれまでにもメーカーでの試作品の製造に使われていたが、低価格化、高精度化が進んだことにより、利用範囲が拡大している。使える素材がさらに多様になり、速度が高速化すれば、究極の多品種少量生産が実現できる可能性も大きい。

先進的な製造業の支援に力を入れているオバマ政権は、「NAMII」(National Additive Manufacturing Innovation Institute:米国積層造形技術革新機構)を開設した。これは3Dプリンターの研究施設であり、航空宇宙関連企業やIT、その他多くの先端企業に加えて、国防総省やNASAも参加する国家プロジェクトだ。

iPhoneを例に取れば、現在でも製造プロセスはCNCなどによってかなり自動化されている。ここにプリンテッドエレクトロニクスや3Dプリンターといった技術が加われば、それこそ印刷物を作る感覚で、製品が作れてしまうだろう。

このように、デジタル技術による製造革命が進んでいくと、コストに占める輸送費や人件費の割合はますます低下し、製造や組み立て工場立地の制約条件は緩くなっていく。大型工場を発展途上国にかまえる必要もなくなり、先進的な開発拠点だけを自国に持つという形態を取る企業が多くなるだろう。装置さえあれば、製造は世界のどこで行っても同じ。最終製品の製造を先進国内で行うことも増えてくるはずだ。注意すべきは、製造業の先進国回帰が必ずしも雇用の創出とイコールではないということだ。現段階でも、米国回帰を進めている企業が建設している工場の多くは、オートメーション化が進み、かつての同規模工場に比べて、必要な人員の数はごくわずかになっている。この傾向が今後進んでいくことはほぼ間違いないだろう。

そして、3Dプリンターなどを活用すること自体は差別化にはならず、製品の試作や、設計・デザインのオフショアリング(業務の一部もしくは全部を海外に委託すること)はさらに加速。先進国の開発拠点では、3Dプリンターなどの製造装置や新素材の開発、製品のアーキテクチャーやビジネス戦略の立案を担当することになる。それは、デジタル技術によって、製造業が知識産業化するということだ。

製造業が知識産業化することで、先進国の開発拠点やマザー工場の重要度は高くなる。それに伴い、新しい技術やビジネスプランを生み出せる人材の獲得が課題になってくるだろう。高度人材の育成や研究機関・企業間の連携を、企業レベルだけでなく、米国のNAMIIのように国家レベルでどう行うかが、今後は問われることになってくるのだ。

Writer

山路 達也(やまじ たつや)

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーのライター/エディターとして独立。IT、科学、環境分野で精力的に取材・執筆活動を行っている。
著書に『インクジェット時代がきた』(共著)、『日本発!世界を変えるエコ技術』、『弾言』(共著)など。
Twitterアカウントは、@Tats_y

Copyright©2011- Tokyo Electron Limited, All Rights Reserved.