No.005 ”デジタル化するものづくりの最前線”
Scientist Interview

究極の3Dプリンターを目指す

Dシェイプでつくる建築のプロトタイプの写真
[写真] Dシェイプでつくる建築のプロトタイプ。

──今、抱いている究極のビジョンは何ですか。

2004年に3Dプリンターで建築を作るとひらめいた時と変わりません。エンジニアとしては、Dシェイプが大きな風景の中に置かれているイメージを実現したい。技術の基本は同じでも、実際にはクレーンのようなかたちをとっているかもしれません。CNC(コンピューター数値制御)機械が、フルスケールの建物をプリントしているという風景を見たい。そして、情緒的には、3Dプリンターから生まれた建築が風景に溶け込み、ハーモニーを生んでいるような様子を思い浮かべます。風景へ及ぼす視覚的インパクトが小さい建築が、まるでずっと昔からそこにあるかのように溶け込んでいるというものです。イタリアのサルディニア島には、古代人が住んでいた岩の巣窟がありますが、そんなあり方です。

──追求されているのは、完璧な3Dプリンターですか。あるいは、それによって作られる建築の方ですか。

大型の3Dプリンターがどんな実体になるのかについては、さまざまな可能性があるでしょう。どんなサイズか、どんなかたちか、そして砂、ゴム、コルクなどどんな素材を用いるのか、どんなプロセスになるのかによって、プリンターのつくりは異なってくるでしょうし、またそれが家なのか、大きな建物なのか、あるいは家具なのかという目的によっても、いろいろな組み合わせが出てくる。つまり、各用途に合わせて1000種類ものプリンターが生まれてきてもおかしくないのです。

──そうした展開が起こるための、もっとも最初の発明を担ったということですか。

私は、自分がマッチになって火をつけただけです。それはちょうど150年前の自動車のようなものではないでしょうか。自動車が発明された時、多くの人々はなぜこんな物が必要なのかと不思議がりました。走らせるのも面倒だったし、スピードものろい。馬車の方がよほど便利だったのです。だから、最初はまったく意味をなさない。それでも、どこかの時点でその状況が反転する。そこへの道を開くのは、周縁にいる人々なのです。私は、人類が前へ進んでいく動力になるものは2つあると思っています。ひとつは人々の好奇心。もうひとつは、美しさを求める感覚、美しいものに魅了されることです。私の場合は後者です。もちろんエゴもあるでしょう。しかし、アルゴリズムによって建物が建てられるという美しさには、代え難いものがあります。そんな私に、「3Dプリンターの建設で、平米あたりの建設コストはどれだけ安くなるのか」と尋ねた人がいましたが、そんなことは関係ない。ビジネスは後で考えればいいのです。いずれ、建築用3Dプリンターに100万ドルの資金と5年の歳月、何1000人もの開発者が投入されれば、そんな問題はおのずと解かれていくはずです。

エンリコ・ディニ氏(Enrico Dini)とリカルド・ディニ氏(Riccardo Dini)兄弟が経営するディニ・テック社(DINITECH)社工場。壁に甥が「僕たちは岩(ロック)をプリントする。僕たちはロックしている(最高にノッている)」と書いた。の写真
[写真] エンリコ・ディニ氏(Enrico Dini)とリカルド・ディニ氏(Riccardo Dini)兄弟が経営するディニ・テック社(DINITECH)社工場。壁に甥が「僕たちは岩(ロック)をプリントする。僕たちはロックしている(最高にノッている)」と書いた。

──ご自身では商用化する計画はないのですか。

私は、起業家として優れた才能を持ち合わせているわけではありませんし、物ごとを整理するのが得意ではありません。ですから、自分自身でこの3Dプリンターの商品化を手がけようとは思っていません。それは、もっと能力があり、資金も人材もかけられる人にお任せすればいい。つまり、私はこれで金儲けもしないということです。

──そうすると、実際にこの技術が社会に広まっていくまでには、まだ時間がかかりそうですね。

しかし、すでに建築業界、建設業界にはメッセージが伝わっています。最初は私ひとりで始めたことが、今では業界全体にそのアイデアが広まっている。Dシェイプのことを耳にしたことのある人は大勢いますし、オーガニックな形状の建築もたくさん出てきました。もちろん、そうした建築はDシェイプでプリントされたものではありませんが、その自由形状へのきざしが感じられる。もうその時点で、私のミッションは完了したとみなしています。今や、私のものではないにしても、建設業者やサブコンが3Dプリンターを買うようになっています。新しい機械による新しい市場は、できるかどうかではなくて「いつ」できるのか、という時代に入っていると思っています。

Profile

エンリコ・ディニ

1962年5月、イタリア、トスカーナ州生まれ。家系は数学者や、科学者、エンジニアを輩出している。ピサ大学で土木工学を専攻。ロボット関係の仕事に就いた。2004年に3Dプリンターで建築を作るとひらめき、D-SHAPEの開発を開始。機械工学専攻の兄リカルド氏も開発に協力。兄リカルド氏とディニ・テック社(DINITECH)社を経営する。

建築家フォスター+パートナーズはD-SHAPEを使った月面基地デザインを計画している。また、エンリコ氏のD-SHAPE開発のストーリーを追ったドキュメンタリー映画が製作された。
http://www.themanwhoprintshouses.com/

Writer

瀧口 範子(たきぐち のりこ)

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。上智大学外国学部ドイツ語学科卒業。雑誌社で編集者を務めた後、フリーランスに。1996-98年にフルブライト奨学生として(ジャーナリスト・プログラム)、スタンフォード大学工学部コンピューター・サイエンス学科にて客員研究員。現在はシリコンバレーに在住し、テクノロジー、ビジネス、文化一般に関する記事を新聞や雑誌に幅広く寄稿する。著書に『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』(TOTO出版)『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』(TOTO出版)、訳書に 『ソフトウェアの達人たち(Bringing Design to Software)』(アジソンウェスレイ・ジャパン刊)、『エンジニアの心象風景:ピーター・ライス自伝』(鹿島出版会 共訳)などがある。

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