「トポロジカル絶縁体」とは何か?
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富永 ── この材料は21世紀に入って見つかった材料です。最初は理論的に予想されているだけでしたが、その後、実験により確立された材料です。
無機物質には、導電体(金属)、半導体、絶縁体と、大きく分けて3つの種類があり、通常は室温(20〜30℃)でどれかに属します。ところが、トポロジカル絶縁体は、表面は導電体なのに中は絶縁体という材料なのです(図4)。(なぜ、そのような性質をもつのか? また、どういうメカニズムにより、この性質が現れるのか?を数学的に説明することは非常に難しいのですが)理論物理学者がそのメカニズムを解明するようになってきました。(彼らは)現象をシミュレーションし、そのシミュレーション結果が正しいのかどうかを実験で検証します。
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知京 ── トポロジカル絶縁体は、組成のズレ*3などのバラつきに対してどの程度敏感なのでしょうか?
富永 ── トポロジカル絶縁体の面白いところは、組成のわずかなずれは気にしなくてもよいことです。通常は、組成の1%以下まで組成比率を合わせなければならないのですが、その必要はありません。多少ずれていてもトポロジカル絶縁体として動作します。
知京 ── それは面白いですね。材料の選択の幅があって、合成が失敗しても性質を示すというのは面白い。
表面だけ電気が流れ、中が絶縁体で流れないと、どのようなことができるのですか?
富永 ── 難しい質問ですね。例えば、最初に半導体でトランジスタができた時に、真空管を半導体に置き換えると行き着くまでに長い時間がかかったのではないでしょうか。半導体の整流作用(一方向だけに電流が流れる性質)を確認できてから、真空管に代わる部品が固体でできるまでに、ずいぶん時間がかかったと思います*4。トポロジカル絶縁体は生まれてまだ10年しか経っていないので、何に使うのか、従来の何と置き換えるのか、今は研究者が悩んでいます。
ただ、現状の何かをトポロジカル絶縁体と置き換えるということだけではありません。例えば、電子スピン*5の時間反転対称性(時間の流れを逆にしても変わらないという対称性を持つ)という独特の特性を持っていることを積極的に活用することもできます。スピンの時間反転対称性とは、ある保存則があり、それによって一定の条件でしかスピンが存在しない性質を指します。 この性質をいかし、スピンだけで動作するようなデバイスができれば、現在の半導体チップよりも発熱量を減らし、省エネルギーで動作することが可能になります(図5)。こうした方面での製品開発には、将来性が見込めると思います。
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知京 ── (富永さんの相変化メモリは)低い電圧で、電流のオンオフができると伺っていますが、それも特長の一つですね。富永さんが手がけておられた研究で印象深いのは、異なる薄い層を重ねた構造を作り、原子層の距離をわずかに変えると抵抗値が大きく変わる、というメモリの実験です。原子層をほんの少し動かすだけで、絶縁体になったり、電流を流したりする。これは材料研究者から見るととても面白く感じました。
このような研究は、いわゆるバイポーラトランジスタのようにわずかな電流*6を流すことで増幅作用を引き出す仕組みが参考になったのでしょうか。すると、ちょっとしたトリガー(引き金)をかけることで、電流が流れたり流れなかったりするのを制御できますね。昔のpnpトランジスタ(図6)では、入力の小さなベース電流が出力電流を大きく変えました。このメモリのイメージとして、電流を注入するのであればこのデバイスは電流駆動なのでしょうか?
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富永 ── いや、電圧駆動です。また、このデバイスは、現在、出来つつあります。もう一つ面白いことがあります。通常のトポロジカル絶縁体は、磁性を持ちません。しかし私たちが開発した超格子構造(自然界にない物質であり、人工的に薄い膜を規則正しく配列させた結晶構造)を使って、Ge原子を行き来させてスイッチングさせると、トポロジカル絶縁体を壊したり、作ったりできるのです。そして、その逆もできます。トポロジカル絶縁体を壊すと、われわれの超格子は、磁性を持つようになります。この磁性を使って、電流を制御できるようになります。これは相変化メモリ(結晶状態の違いによって抵抗値の違いを利用するメモリ)といえます(図7)。
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知京 ── それは今までにないデバイスですね。電流と磁界は相反するというか、お互いに干渉しないのですね。