No.008 特集:次世代マテリアル
Cross Talk

どのようなデバイスが出来るのでしょうか?

富永 ── 例えば、現在のシリコンLSIに使われているMOSトランジスタは、ゲート(入力端子)に電圧を加えて出力の電流を制御する「電界効果トランジスタ」です(図8)が、トポロジカル絶縁体のトランジスタはゲート電圧の代わりに磁界を加えて電流を制御できます。つまり、「磁界効果トランジスタ」のようなものです。

MOS FET(電界効果トランジスタ)の仕組みの図
[図8] MOS FET(電界効果トランジスタ)の仕組み。ドレインからソースへ流れる電流をゲートに印加する電圧で制御する。ゲートが右図の水門に相当する。

知京 ── 先ほどデバイスの消費電力という話が出てきましたが、今のMOSトランジスタでは0.5Vとか0.3Vと低い電圧で動作するFET(トランジスタ)の開発が行われていますが、トポロジカル絶縁体だとどのくらい消費電力は下がるのでしょうか?

富永 ── そうですね。1/100から1/1000くらいでしょうね。

知京 ── これだけ桁違いに下がると、かなり応用が広がるでしょうね。

具体的には、どのような応用が考えられますか?

富永 ── 私たちの研究所では、データサーバーの省電力化というプロジェクトを進めています。実はグーグルとかアマゾンのようなサーバーは非常に大きな電力を消費していて、発電所がそばにあるといわれています。ただ、その消費電力の半分が冷却のためのファンを回すモーターによって費やされる電力です。ファンは電子がスイッチングする時やデータを記憶する時の熱を冷やすために使われていますので、スイッチング動作の電力が少なければ冷却ファンも不要になります。データサーバーの消費電力が大きく下がることになれば、発電所は要らなくなり、非常にコンパクトな電源で今と同じデータ量を扱うことができるようになります。

知京 ── 小型化という点ではどのような応用がありますか?

富永 ── 我々のやっている薄型の相変化メモリ(図7)では、その究極の大きさは1立方ナノメーター(nm3)で動くことが理論的にわかっています。ただ、今の技術で配線も含めて実現することは簡単ではありませんが、シミュレーションの結果では、そこまで小さくできます。そうなると、今の1万倍か10万倍の高密度なメモリができるはずです。

知京 ── 私が所属する物性・材料研究機構では、国土強靭化に資する材料開発が行われています。この開発テーマでは、社会インフラのモニタリングをどうするかです。例えば、古い橋梁や道路があるとすると、それがいつまで耐えられるのか、それを予測しなければなりません。そのために応力や腐食などの問題を検出するセンサを張り巡らせて、そこからデータを取ることが必要となります。

現在、そこに使われている電源技術には、電池やマイクロ波無線給電などがありますが、消費電力が多くコストが下がりません。センサからデータを集めてビッグデータにするためには、1個1個のセンサを小さくして消費電力を少なくする必要があります。そのためにはエネルギーハーベスティング*7を利用する手がありますが、振動などで得られる電力は小さいので、格段に小さな電力で動くトランジスタが求められます。省電力のトポロジカル絶縁体を使ったトランジスタができれば、無線でデータを集めて、全国の橋梁のモニタリングデータとして蓄積(ビッグデータ)できます。どの橋梁がいま危ないのかを検出し、震災で落下した橋などのデータを蓄積しておけば、GPS(米国の衛星による測位システム)と連動して災害を食い止めるといった応用にも使えそうですね。省電力はこれからの大きな産業を生み出すベースとなると思います。

1nm3の超小型のトランジスタができれば、半導体のムーアの法則を超える新しい高集積回路が出来る可能性がありますね。

富永 ── その可能性はあります。

知京 ── 先ほど磁性の話がありましたが、磁性のセンサとしての応用はいかがでしょうか?

富永 ── トポロジカル絶縁体を使ったセンサは、将来的には実現できるだろうと思います。磁性センサでは、高校で習った遷移金属のd軌道の電子*8を利用する鉄やコバルトといった磁性材料が昔から使われてきましたが、トポロジカル絶縁体はd軌道の電子を使わずに、p軌道の電子だけで磁性を生み出します*9。なおかつ、p軌道の電子は電界によっても制御できるので、電界と磁界でトポロジカル絶縁体の特性を制御できるのが面白いところです。

知京 ── そうすると材料の選択の幅がずっと広がりますね。

富永 ── その通りです。

[ 参考資料 ]

*1
トポロジカル絶縁体:
トポロジーとは直訳では位相幾何学と言われているが、これだけでは何のことやらわからない。テクノロジーの世界では、トポロジーは、位置やネットワーク構造などを指すことが多い。IT/エレクトロニクス技術では、ネットワークトポロジー、回路トポロジーという言葉があるが、いずれも構成している空間構造(位置関係など)を指している。トポロジカル絶縁体は、位置的に絶縁体を含む物質、とでも表現すべき材料かもしれない。特長的な性質として、表面が導電体で内部(バルクという)が絶縁体の材料である。
*2
数千、数万種類の組成を変えて実験する場合に一度に様々な条件を形成する方法。さまざまな組成や組み合わせを見出すことが容易になる。知京氏が取り組んでいる方法は、図2のように移動可能なマスク(遮蔽板)を少しずつズラすことで基板に堆積する膜の組成を連続的に変えることができる。3種類の酸化物の組成を連続的に変えた模式図が図3である。
*3
例えば、複数の元素からなる化合物を1対1の比率で作製しようとしても、作製条件や環境の変化により、1.01対0.99の比率になってしまうことはよくある。これでは意図する通りの化合物ができない。このため、1対1の構造をできるだけ正確に制御することが一般のモノづくりに求められる。
*4
産業技術総合研究所による(https://staff.aist.go.jp/shiro-hara/schottky/diode.html)、最初に固体で整流作用が発見されたのが1874年、整流作用を行う鉱石検波器の特許が生まれたのは1906年とされている。半導体トランジスタの最初に試作が生まれたのは1947年である。
*5
電子のスピン:
電子の持つ各運動量のことだが、量子論的に上向きの回転と下向きの回転の2通りしかとらない。
*6
正孔:
半導体において電荷を運ぶ役割を果たすものをキャリア(担体)と呼ぶが、マイナスの電荷を持つ電子1個がない、抜けた状態の、まるでプラスの電荷を持つキャリア1個を正孔と呼ぶ。p型半導体で電荷を正孔が運ぶ。n型半導体でのキャリアは電子である。トランジスタは、電子あるいは正孔を入力に注入することで、出力電流を増幅するという動作を行う。
*7
エネルギーハーベスティング:
自然界のエネルギーだけで電気を起こし利用する技術で、家庭のコンセントや電池などを使わない。ソーラー発電もエネルギーハーベスティングの一つである。光の他に、振動や熱(温度の差)、電波などもエネルギーも電気に変換する技術が開発されつつある。
*8
電子の軌道:
周期律表(図)では原子の軽い方から重い方へ順に並んでいる。原子の中心に原子核がありその周りを電子がまわっている訳だが、周期律表の上から下へ移るにつれ、すなわち重くなるにつれ、電子の数が増えていく。エネルギー的に安定した基底状態では、順に1s → 2s → 2p → 3s → 3p → 4s → 3d → 4p → 5s → 4d → 5p → 6s → 4f …と増えていく。この順にエネルギーは高くなる。このs、p、dを軌道と呼ぶ。最も外側に最外殻電子が全て埋まった原子が、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトンという安定した原子である。それぞれ次の原子番号からs軌道が始まる。さらにp軌道、d軌道などが増えていく。

*9
量子力学では、電子は各軌道に2個しか入ることができない。これがパウリの排他原理と呼ばれるものである。しかもそれぞれの電子はスピンの向きが異なっている。結晶のように隣接する原子の電子1個と共有して共有結合を形成できるが、この場合に利用されるのが一般にp軌道の電子である。d軌道の電子は結合には関与しない。

Profile

富永淳二(とみなが じゅんじ)
※写真左

独立行政法人 産業技術総合研究所
ナノエレクトロニクス研究部門主席研究員

1959年宮城県生まれ。'90年イギリス Cranfield Institute of Technology(現Cranfield University), School of Industrial Science, Advanced Materials専攻博士課程修了。'91年Ph.D.
TDK開発研究所研究員を経て'97年旧通産省工業技術院産業技術融合領域研究所入所。'01年産業技術総合研究所次世代光工学研究ラボ長、'03年近接場光応用工学研究センター長。'10年からナノエレクトロニクス研究部門首席研究員。'99年通商産業大臣表彰。'00年日本IBM科学賞(エレクトロニクス部門)。'14年Stanford Ovshinsky Award。米国光学会(OSA)フェロー。
カルコゲン化合物や超格子を応用したメモリ等のデバイス研究に従事しています。

知京豊裕(ちきょう とよひろ)
※写真右

独立行政法人 物質・材料研究機構 MANA
ナノエレクトロニクス材料ユニット ユニット長(PI)

1959年生まれ。早稲田大学院理工学専攻科を修了後、旧科学技術庁金属材料技術研究所に入所、量子ドットをつかった発光素子の開発に携わる。1999年、東京工業大学、金属材料技術研究所、無機材質研究所で始まった先導研究「コンビナトリアル材料科学の創成と先端産業への展開」に参加し、三元コンビナトリアル合成法を開発し、その手法を集積回路のゲートスタック材料開発に応用した。その後、この技術を使ってFin型フラッシュメモリ用の材料開発やSi基板上の無極性GaN-LEDの開発など各種材料開発をすすめた。2007年、独立行政法人 物質・材料研究機構発ベンチャーである株式会社コメットの設立に参加し、コンビナトリアル材料合成装置や委託開発のビジネスに参加、現在に至っている。2008年より早稲田大学―物質・材料研究機構連携大学院教授も務める。

http://samurai.nims.go.jp/CHIKYO_Toyohiro-j.html

Writer

津田 建二(つだ けんじ)

国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト

現在、英文・和文のフリー技術ジャーナリスト。
30数年間、半導体産業を取材してきた経験を生かし、ブログ(newsandchips.com)や分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしている。セミコンポータル(www.semiconportal.com)編集長を務めながら、マイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニスト。

半導体デバイスの開発等に従事後、日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者に。その後、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。2007年6月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立。書籍「メガトレンド 半導体2014-2023」(日経BP社刊)、「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、「欧州ファブレス半導体産業の真実」(共に日刊工業新聞社刊)、「グリーン半導体技術の最新動向と新ビジネス2011」(インプレス刊)など。

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