No.012 特集:にっぽんの自然エネルギー
Scientist Interview

── メリットは明白なのに、なぜ直流技術の導入が進まないのでしょうか。

安全性の確保が担保できていないため、直流技術に対する不安感があると思われていましたが、一番の原因は、電力の中心は系統電力(交流)であるとい言うことだと思います。いくら再生可能エネルギーが直流であると言っても、基幹電力ではありません。このため、設備や電気製品を提供する企業は、既存製品とは構造が異なる直流対応の製品が、ビジネスとして成立するのか、また将来の成長を望めるものなのか確信が持てていません。

ただし、産業用の設備に付帯する電力システムは、運用コストに敏感なので、設備全体に省電力化に適した直流技術が導入されるようになりました。これは震災以降に見られるようになった動きです。電気料金が上がったことから、データセンターなどでは5%の電力削減でも、そのコスト削減のインパクトはかなり大きく、直流化が進んでいます。

常識を疑って、活路を開く

── 家庭用に、直流対応の設備や機器を作る上での技術的な困難はあるのでしょうか。

例えば、エアコンメーカーが直流対応エアコンを作る上での課題は、何もないようです。実際、パナソニックやシャープは家中の電力システムを直流化する技術を開発し、そこで使う直流対応の家電製品を商品化しましたが、ビジネスとして成立しているとは思えません。例え、数台しか売れなかったとしても、アフターサービスは要求されますから、おいそれとは事業化できません。また、系統電力を中心として生活しているわけですから、直流電力を各家庭で作るのに余計な出費が必要になります。

さらに、一般消費者にとっては、多少省エネルギー化できたところで、その効果を電気料金に換算すると、数百円の節約にしかならないため、そこへの投資は無駄であるように見えてしまいます。社会の規模で考えれば、塵も積もれば山となり、インパクトは大きいのですが、それを消費者に求めるのは難しいのです。直流技術を普及させたいと思ったら、一般消費者にとって魅力的なものにしないと受け入れられません。直流技術を使ったら便利になるようなものに仕上げる必要があるのです。これは難しい課題と思います。

排水中の有機物・無機物を利用した微細藻類の培養

── まさにジレンマを抱えている状態ですね。

私たちは、直流と交流を共用するハイブリッドのシステムを提案しています。ここでは利用する直流は、太陽光発電を想定して、地産地消のために高性能なリチウムイオン二次電池が設置されていることを前提としています。また、将来は、この蓄電池に代わって電気自動車が同じ働きをしてくれることを想定しています。消費電力の大きな機器は、各家庭に配電される交流の電力をそのまま使います。そして、それとは別に、消費電力の小さなパソコンやLED照明などは、50V以下の直流配電網を設けます。この設置にはさほど費用も掛かりませんし、電気配線に資格も必要ありません。少し知識のある人であれば、ホームセンターやネット通販で部品を購入し、自分で構築することが可能です。これによって、パソコンなど電子機器の利用につきものの電圧変換用のアダプターをなくせます。この部分では30%もの電力を損失しており、省エネルギー化の効果が大きいのです。このように直流化はできるところから始めるのがよいと思います。

そこで太陽光発電からの直流電力が不足したときに使う、系統電力の交流を直流に変換する設備(直流電源)は、必要ないことがわかってきました。

それは、交流電力を整流回路を通すとリチウムイオン2次電池が安定な直流を作ってくれるためです。これにより従来必要と思われていた直流電源が不要になります。このように、電池の進歩を織り込んだシステム構成を考えれば、直流電源が必要としていた旧来の常識から解放されます。

── 東日本大震災のような非常事態の中では、闇雲に信じていた根拠のない常識を振り払って、求めることを真っ直ぐに目指す発想が出てくるのですね。これは、とても貴重な気づきですね。

被災地でも、時が経つにつれて、震災の記憶は次第に薄れてきています。そして、震災前の常識や価値観が、徐々に優先されるようになってきました。エネルギーのように、新しい技術の導入に踏み切りにくい分野では、なおさらその傾向が強く見られます。

しかし、得られた気づきも多くあります。エネルギーの革新は、一進一退しながらも、少しずつ進めていけるのではと考えています。関東地方の直下型地震や東南海を震源にした大地震は、それほど遠くない将来に必ず起きると言われています。そのための備えはしておかなければなりません。東日本大震災を機に得ることができた気づきを、確実に生かせるよう、継続して取り組んでいきたいと思います。

田路 和幸(とうじ かずゆき)
 

Profile

田路 和幸(とうじ かずゆき)

東北大学大学院環境科学研究科長教授、東北復興次世代エネルギー研究開発機構代表

1981年 8月学習院大学大学院自然科学研究科化学専攻博士課程中退後、文部科学省直轄分子科学研究所、東北大学工学部助教授、東北大学大学院工学研究科教授、大学院環境科学研究科教授、そして2010年4月から2015年3月まで東北大学大学院環境科学研究科研究科長を歴任、専門であるナノエコ材料の研究を進める傍ら、2012年9月より震災復興を目指した東北復興次世代エネルギー開発プロジェクトの研究代表を務めている。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表。

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

http://www.enlight-inc.co.jp/

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