No.012 特集:にっぽんの自然エネルギー

埋蔵量が限られる石油などの化石燃料に代わり、水素が新たなエネルギー資源として注目されている。中でも水素の化学反応から電力を得られるFCV(燃料電池車)は、水だけしか排出しない究極のエコカーとして期待される。レーシングドライバーとして世界で活躍する佐藤琢磨氏は、来たるべき水素社会にどのような期待を寄せているのか。経済産業省の所轄法人NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)でプロジェクトマネージャーを務める大平英二氏に水素エネルギー普及への道のりを確認しつつ、新時代への夢を共に語り合う。

(構成・文/神吉 弘邦 写真/ネイチャー&サイエンス)

FCVの量産に向け、必要なバランス

大平 ── バンコクに駐在したことがあって、その時に周りの国々にも出張しましたが、クルマがどんどん増えていますね。その一方で、大気汚染が深刻化してきているので、なんとかできないかと考えてしまいます。

佐藤 ── 中国はもちろんですが、タイなども大変ですよね。

大平 ── トゥクトゥクのような小さい三輪自動車が結構日常の足になっているんですけど、排気ガスがものすごいんです。同じような状況のインドでは、三輪の電気自動車をつくるベンチャーが頑張っているようです。

佐藤 ── 内燃機関のガソリンエンジンにちょっと手を加えるだけで水素燃料で走らせることができるという研究を耳にしたことがあるんですが、その方向はどうですか?

大平 ── ロータリーエンジンを水素で回す研究がありますね。

佐藤 ── ハイブリッド車が普及したときのように、ガソリンの代わりに水素でも走れるようになると、水素社会へ移行するクッションになるのでしょうね。次は完全な水素燃料車にしようかという気持ちになるかもしれないので。

大平 ── 水素ロータリーエンジンの研究ではガソリンと水素をどちらも使える、いわゆるデュアルフュエルにも取り組まれていたようです。また、電気自動車と水素のハイブリッドカーもあります。今のFCV(燃料電池自動車)は電池とのハイブリッドなんですね。それで主に燃料電池から電力をモーターに供給している。この場合、パワーであったり耐久性であったり、高い性能が燃料電池に求められます。

一方で、フランスのベンチャーが取り組んでいるのは、燃料電池をバッテリーの充電に使って、電気自動車の航続距離を延ばそうとするものです。走行距離は自家用車に対しては足りないけれども、例えば郵便配達のクルマでは十分で、その分、FCVより燃料電池のスペックは低くていい。どちらが良いということではないんですけども、普及の初期にはいろいろなアプローチがあっても良いと思います。

ちなみに日本で発売されたFCVの燃料電池というのはものすごく丁寧かつ精緻につくられ過ぎています。この技術があったからこそ実用化できたのですが、それだと量産化は難しいので、いかに量産性と品質のバランスを適切なところにもっていくか、この見極めが大事ですね。

繋がりやすさがクルマの価値になる

── 国内メーカーの新しいFCVにおふたりは乗られましたか?

大平 ── ホンダのクラリティは前のタイプに乗ったことがあります。タクシーによる実証実験だったのですが、乗り心地がとても良かったですね。

クラリティ
クラリティ
写真提供:本田技研工業株式会社

佐藤 ── ものすごく手間暇をかけてつくられているそうですね。

大平 ── 新しいFCVは、よくあの高いクオリティで、この値段で市場に出したなという感想でした。もちろん簡単に買える値段ではないんですが(笑)。

佐藤 ── 僕はまだ乗っていないんですよ。ホンダとの情報交換は、ダイレクトにレースに繋がる分野が主軸ですからね。それでも、ときどき研究所の車両開発に関わったりする機会があって、市販車のものづくりにも関心があります。

エネルギーのシフトが進んで、ホンダなどもついにFCVの量産を始めるようになったら、いろいろクルマの選択肢が増えるので、今から楽しみにしています。

── クラリティでユニークなのは、車体の片側に水素充填用の口があって、もう片側には、万が一のときの電力の供給口がある点でした。今までの自動車にはない姿です。

佐藤 ── これからのクルマの役割として、人や社会との繋がりやすさというのは注目されるのでしょうね。クリーンかつ安全で、もっと生活と繋がる。もしかしたらクルマという役割を飛び越えて、社会のインフラやライフラインになれるのかもしれません。

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