No.012 特集:にっぽんの自然エネルギー
Scientist Interview

電力システム再設計のススメ、
震災復興で得た未来への気づき

2016.10.31

田路 和幸
(東北大学大学院環境科学研究科長教授、東北復興次世代エネルギー研究開発機構代表)

東日本大震災では、日本全国で電力の供給が滞る事態に陥り、特に被災地の人々は不自由な経験を強いられた。しかし、そうした苦い経験を生かし、非常時でも確実にエネルギーを利用できる新しい技術を開発し、それを社会実装しようという取り組みが始められている。その中核を担っているのが、文部科学省が主導して進める「東北復興次世代エネルギー研究開発プロジェクト」だ。エネルギー供給に対する意識が高まっている東北で、革新的な技術をいち早く試し、その成果を日本や世界に向けて発信することで復興につなげようという狙いがある。このプロジェクトを指揮する東北大学大学院環境科学研究科 教授の田路和幸氏に、プロジェクトの目的と成果を聞いた。

(インタビュー・文/伊藤 元昭)

コスト最優先の技術選びを再考

── 東北の復興に、エネルギー関連技術の革新という切り口から取り組んでいるとお聞きしています。エネルギー関連技術の開発が、なぜ復興につながるのでしょうか。

普段当たり前のように消費しているエネルギーが途絶えると、日々の生活や社会活動が停止してしまいます。東日本大震災が発生したことで、そんな頭ではわかっていたはずのことを、日本全国の人々が現実に経験しました。特に被災地の人々は、暮らしていくためのエネルギーの確保もままならず、本当に苦しい思いをしました。各自治体が、復興に向けた街づくりに取り組むうえで、非常時でも生活していけるだけのエネルギーを、安定確保できる仕組みを整えたいと思ったことは、ごく自然だと思います。

震災後、本当に重要な技術とは何かに気づいた

── 震災前にも、地球環境の保護という観点から、エネルギー関連技術の重要性が語られていました。震災の前と後では、エネルギー関連技術の開発の方向性に違いはあるのでしょうか。

震災以前、創電・送電・蓄電・省エネルギー化のいずれに関わる技術の開発でも、低コスト化こそが最優先の目標でした。なるべく多くのエネルギーを気兼ねなく消費できるようにする技術こそが重要だったのです。いかに優れた技術でも、エネルギーの利用コストを押し上げるような技術では、実用化の道が開くことはありませんでした。

例えば、携帯電話機の電源として当たり前のように使われているリチウムイオン二次電池は、家庭やオフィス、工場などで使う電力を蓄える電池としても、極めて優れた特徴を有しています。しかし震災前には、リチウムイオン二次電池が一般家庭の蓄電用に普及することなど思いもよらないことでした。太陽光発電システムで併用する蓄電にも、適性が高いとは思えない鉛蓄電池を、安価だからという理由で利用していました。

── 確かに、容量の大きな電力の蓄電には、鉛蓄電池を使うのが当たり前と、深く考えないまま思い込んでいました。

これが、エネルギーを自由に使えなくなる生活を経験した震災後には、技術を選択する際の価値観が一変しました。生活するうえで欠かせないエネルギーを安定確保できる、必要な技術の価値を正しく評価できる眼が備わったのです。これによって、常時にも非常時にも使い勝手がよく、エネルギーを確保できるリチウムイオン二次電池をベースにした蓄電設備が、広く導入されるようになりました。さらに、電気自動車にも非常用のコンセントが必ずつくようになっています。

こうした世の中の動きを見て、文部科学省はエネルギーの技術開発による復興支援を想起したのです。日常利用しているエネルギーに関連したシステムを別のモノに変えるには、自治体、事業者、そして消費者の理解と賛同が必要になります。いかに地球温暖化対策に効果がある再生可能エネルギーでも、効率のよい電力網でも、理解と賛同が得られない限り導入できません。震災によってエネルギーの安定確保に対する問題意識が高まったのを機に、これから日本や世界が目指すエネルギーシステムを、東北でいち早く生み出そうと考えたのです。

使えて当たり前だからこそ変えられない

── どのようなエネルギー関連技術でも、人々の生活や社会活動をよりよくするために開発が進められているのだと思います。そうした技術を社会実装することは、そんなに難しいことなのでしょうか。

普段、当たり前のように使っているエネルギーだからこそ、別の技術に変えることが難しいのです。万が一にも生活や社会活動に支障をきたすことがあってはいけないので、社会実装どころか、技術開発のための実験すらできないことが多々あります。事業者も利用者も、リスクを負って新しい技術を導入することを望んでいません。太陽光、風力、波力、地熱といった再生可能エネルギーのように、自然の中から抽出するエネルギーでは、既にさまざまな用途に使われている場所を借りて発電するため、なおさら厳しい目にさらされます。

例えば、私たちが取り組んでいる「東北復興次世代エネルギー研究開発プロジェクト」では、波力発電の実証実験をしています。このプロジェクト以前には、公共の場であり水産業を営む大切な場である海を、発電に利用するなどとんでもないという考えが根強く、実験さえできない状況でした。温泉が出る地域での地熱発電も同じような状況です。

それが震災後には、自治体の理解と賛同が進み、「どうぞ使ってください」と言っていただけるまでに変わりました。再生可能エネルギーだけではありません。例えば仙台市では、新しいエネルギー産業を復興の起爆剤に使えないかと考えています。そこで下水処理場を一新するのを機に、下水の養分を使って微細藻類を培養し、それらが生成する油をエネルギーとして利用するための実験の場とできるよう、施設を拠出してくれました。

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