No.012 特集:にっぽんの自然エネルギー
連載01 スマート農業が世界と暮らしを変える
Series Report

第3回
農業のイノベーションで変わる暮らしと社会

 

  • 2016.12.29
  • 文/伊藤 元昭
農業のイノベーションで変わる暮らしと社会

食料の調達は、人間だけではなく、すべての生き物に共通した基本的な営みだ。ただし、人間は農業を生み出し、開拓と灌漑、肥料や農薬の活用、品種改良、そして「スマート農業」と、食料調達の方法に次々と技術革新を起こすことで現在の繁栄を手中にした。そして歴史を振り返れば、日々の暮らしや社会活動、文化・文明が発展する素地には、必ず豊かで安定した食料の調達があった。今、徐々に浸透しつつあるスマート農業は、何らかのイノベーションを日々の暮らしや社会活動に引き起こす可能性がある。連載第3回の今回は、スマート農業が人々の暮らしと社会に与える影響の一端を解説する。

ここまで本連載では、スマート農業のバラ色の未来を紹介してきた。しかし、生活や社会に与えるインパクトを解説する前に、スマート農業の難しさと課題についても解説しておきたい。スマート農業のこれからの方向性と、それに伴う生活や社会への影響を考えるうえでの大前提となるからだ。

スマート農業の最も管理が進んだ形態が植物工場だが、実はこれまで3回のブームがあったという。1974年に日立中央研究所で、日本で初めて植物工場の研究に着手した社会開発研究センターの高辻正基氏は、以下のように見立てている。まず、第1次ブームは1980年代後半に起きた。この時期にダイエーが「バイオファーム」と呼ぶ小型の植物工場を店舗内に作り、つくば科学万博では日立のブースで回転式レタス生産工場が展示された(図1)。次の第2次ブームは、1990年代半ば。キューピーが植物工場で栽培した野菜を販売し、農林水産省による補助金が導入されている。そして第3次ブームは、2009年以降に国家プロジェクトの開始が契機となって始まった。現在は、第3次ブームに乗って市場参入した企業間の淘汰と新規参入が拮抗している状況にあると言える。

植物工場には3回のブームがあった
[図1] 植物工場には3回のブームがあった
(左)ダイエーの「バイオファーム」(1985)、(右)1985年のつくば科学万博での回転式レタス生産工場
出典:独立行政法人 農畜産業振興機構に掲載の高辻正基氏の資料「植物工場の現状と将来」

大手企業や食品・小売分野からの、植物工場事業への参入は今も増えている。しかし、野菜の生産・販売事業では、全体の6割が赤字であると言われている。そして、撤退していった企業も多い。スマート農業の課題は、植物工場事業を営む企業が直面している厳しい事業状況に集約されている。一言で言えば、作物を作るのにコストが掛かりすぎて、通常の方法で栽培された作物に対して競争力が劣るのである。初期投資と電気代が重くのしかかっているのだ。実際、これまでのブームで植物工場の事業が定着していかなかった理由も、コストにあった。

その一方で、栽培品目や事業モデルを差異化することによって、黒字化に成功した企業が出てきていることも確かだ。この点が、第3次ブームがそれまでのブームと決定的に違う部分である。

着実に進む低コスト化と高付加価値化の取り組み

今になって、ようやく植物工場を黒字化できた企業が登場してきた背景には、大きく2つの要因がある。これはスマート農業全体についても、同傾向の状況があると言える。

一つは、初期コストをこれまでよりも削減できるようになったことだ。植物工場の施設・設備の提供に大手電機メーカーなどが参入し、パッケージ化が進んで低コスト化した。さらに最大のコスト要因だったLED照明が低価格化している。こうした施設・設備の導入コストは、植物工場が増えて行くにつれてさらに低減していく可能性がある。加えて、データの分析や管理に用いるICTに、初期コストを最小化できるクラウドサービスを活用できるようにもなった。

もう一つは、通常の栽培手法によるものよりも、高く売れる作物を作れるようになったことだ。栽培条件が作物の出来に及ぼす影響に関する知見が蓄積し、栄養価の高い作物やおいしい作物を作ることができるようになった。中には、医療用の作物など植物工場でなければ栽培できない作物も登場している。しかし、スマート農業の本場であるオランダでも、同じ作物の栽培が増えてしまい、供給過多になって価格の暴落を招いたことがあった。いくらおいしくても、同じものばかりを食べ続けることはない。スマート農業では、天候などの影響を受けない分、生産量が安定しているため、栽培する作物を多様化することが価格を維持する上で欠かせない。そこで消費者のニーズをつかむマーケティングが重要になる。

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