No.012 特集:にっぽんの自然エネルギー
Scientist Interview

身の回りの電波を電源にしたIoTセンサを商用化、
スマートシティで実証中

2016.12.29

ポール・ドレイソン
(ドレイソンテクノロジーズ社CEO)

イギリスでブラウン内閣時代に科学大臣を務め、科学およびテクノロジーを発展させることを政府側から訴求したポール・ドレイソン卿。退任後は、科学に基づいたテクノロジーの重要性を実践するために起業しており、博士号を持つ上院議員であることから、ドレイソン卿と呼ばれている。今の地球において省エネ化は不可欠であるため、世界中で日常生活にあふれるエネルギーを活用するエネルギーハーベスティング技術の研究が行われているが、その中でもドレイソンテクノロジーズ社は、身の回りにある電波を電源として取り入れ、IoTデバイスまで製品化した最初の企業であるという点で特筆に値する。さらに同社は、EV(電気自動車)を高性能にするという目的でレースに出場し、3度も大会記録を塗り替えたという実績もある。「ポケモンGO」のイメージのヘルメットをオフィスに飾っている。ドレイソン卿に同社の戦略を聞いた。

(インタビュー・文/津田 建二)

テクノロジーの重要性を説く

── ドレイソンテクノロジーズ社を設立した目的を教えてください

この会社の立ち上げに際しては、5年以上前にイギリス政府で科学大臣をしていたときの経験が役に立ちました。当時、私はある企業で研究開発の責任者をしており、それ以前は、研究者の教育と起業家の育成に携わっていました。私は科学大臣として、再生可能エネルギーの推進やCO2削減社会の実現に理解を求めていましたが、気候変化対策や省エネが重要だというスピーチをしても、みんな「理解はした」と言うだけで、なかなか状況を変えることができなかったのです。

そこで私は、2010年に大臣を退任した後に、省エネを実現することに特化した会社を設立することにしました。これは最新技術を使ってエネルギー効率を高めることで、省エネに大きな効果をもたらすのだと示すためです。こうした効果を知らしめるためには、スマートフォンや、SNS、IoTなどの最新テクノロジーが大きな役割を果たしてくれるでしょう。一つ一つの効果は小さいかもしれませんが、これらが集まると大きな効果をもたらし、環境改善に影響を及ぼすと信じています。

私が会社の立ち上げに奔走していたとき、ロンドン・インペリアルカレッジで、のちに当社のCTOとなるマニュエル・ピニューラ博士に出会うことができました。彼はエネルギーハーベスティング*1とワイヤレス充電*2の技術を開発しており、この技術を元に当社はスタートしたのです。私は効率の良いエネルギー技術が重要だと考えており、これこそが当社の企業理念となっています。環境の持続性は極めて重要なので、将来に向けた視点を持つことは企業にとって必須だと思います。

── 日本にはあまりいませんが、イギリスにおいても大臣を辞めた後に起業する人は珍しいのではないでしょうか?

イギリスのシステムでは、人々に科学とテクノロジーに関して理解を求めることはとても時間がかかる作業になります。私は大臣になってからというもの、それまでのビジネスを辞めてパブリックサービスに専心し、専門家の問題提起を政府に理解するよう求めてきました。その中で、ブラウン首相に大臣として、またエンジニアとして、科学技術のすばらしさを示すことができたことは誇らしく思っています。*3しかし、5年間の大臣在任中は自分のビジネスをすることができなかったため、結局、大臣辞任を決意しました。

── 日本では、大臣経験者がハイテク分野で起業することはありません

イギリスでも博士号を持つ大臣はほとんどいません。しかし、科学者やエンジニアが入閣してテクノロジーを鼓舞することは重要だと思います。

── 日本でも科学者が大臣に任命されるケースはまれにありますが、辞任すると民間に戻ります。ドレイソン卿は上院議員の名刺もお持ちですが、大臣辞任後も政治家として活動しておられるのですか?

イギリスには上院と下院があり、下院議員は選挙で選ばれますが、上院議員は首相か地方行政の長によって任命されます。上院議員には、科学技術や、チャリティ、ヘルスケア、軍などに関する専門家が多く、政治家といっても専門家としての見解を求められることが多いのです。

モーターカーレーシングで実証

── 高効率エネルギーやワイヤレス充電、IoTのビジネスを選んだきっかけは何でしょうか?

元々、私はモーターカーレーシングに興味を抱いていました。そこでレースに出場し、3回の大会記録更新という実績もあげています(図1)。その当時は、電気自動車(EV)のパイオニアとして、従来の内燃エンジンに代わる電気モーターの高性能化を進めていましたが、その過程で、様々な技術を開発する必要に迫られました。そのひとつが、急速充電です。20kWの充電池を急速に充電しなければならなかったのです。このことから充電の仕組みを学び、さらに可能性を広げるため、ロンドン・インペリアルカレッジの研究者と一緒に仕事を始めました。そしてハイパワー化も進めたのです。

オフィスに飾っているヘルメットは、ポケモンのモンスターボールをイメージしている
[図1]オフィスに飾っているヘルメットは、ポケモンのモンスターボールをイメージしている

起業してからは、ネットワークにおけるコネクティビティとエネルギー効率を高めることに注力しました。それはとても面白い仕事で、ワイヤレス充電技術をもっと小さなデバイスにも応用し、さらに無線周波数技術によるエネルギーハーベスティングへとつながりました。

[ 脚注 ]

*1
エネルギーハーベスティング: 身の回りにある熱や光、電波、振動などわずかなエネルギーを利用して電子回路を動かす技術。ソーラー発電もその一つ。
*2
ワイヤレス充電: 無線を利用してバッテリを充電する技術。電話機やスマートフォンの充電などに使われているほか、電気自動車のバッテリを充電する技術開発も進んでいる。
*3
イギリスでは、ドレイソン・テクノロジーズ社設立の2014年に、デジタルカタパルトというプロジェクトを立ち上げ、主に中小企業の研究開発と商用化を支援する組織が作られた。これまでに2000社の中小企業を支援しており、このプロジェクトはEU離脱前にEUから380万ポンドの助成金を得ている。

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