No.012 特集:にっぽんの自然エネルギー
Cross Talk

レースが再び、技術畑をリードする

佐藤 ── かつて本田宗一郎さんは、会社のブランディングだけでなく、市販車に応用できる技術を高めたくてF1に参戦していました。でも、今では逆のことも起きているんです。

例えば、F1がハイブリッド化したのはここ7年です。約20年前から市販車で使われていた技術が、遅れてレースに入ってきたんですね。電気制御に関する技術も「ドライバーエイド」と呼ばれるドライビング補助装置は、テクニックを競うレースの面白さを半減させてしまうので、レギュレーションにより禁止されました。ですから、今はテクノロジー的に見ると市販車の方が最先端だと思います。

でも、究極の技術がレースから生まれることはまだあります。ハイブリッドもF1の技術に掛かれば、大きく進化します。例えば、エンジンから出る高温の排気を大気に放出するのではなく、特殊なユニットを作動させて電気をつくる「熱エネルギー回生システム」はその一つですね。

特に水素エネルギーというこれからの技術の場合、市販車でいきなりやるにはインフラの面も含めて難しいならば、大平さんがおっしゃったように全てテーラーメイドでしっかりと綺麗につくり込んでレースにすれば面白いです。

レースの世界というのはスペシャルなものがつくれるわけです。「水素を使ったクルマはクリーンだし、迫力もあって、パワーもあってすごい!」となれば、今度はそこから市販車に技術が戻ってくるはずですよね。

久しぶりにレースのフィールドが技術畑をリードして、その成果が製品となって消費者のところに降りてくる、そんな流れがまた生まれたら素晴らしいと思いませんか?

大平 ── 常に技術のトップレベルを追及していく、そのような場は絶対必要だと思います。

佐藤 ── 水素エネルギーのレーシングチームをつくろうかな?(笑)。

大平 ── いいですね。その水素ってどうやってつくられているの?と問われますけれど(笑)。

佐藤 ── もちろん再生可能エネルギーなんだけど、そのときはNEDOのスポンサーをぜひお願いします!(笑)。こんな話は、夢があって本当に楽しいですね。

 

インディシリーズにFCVが参戦!?

大平 ── ロボット製作にはロボット・コンテストのような大会があるように、技術は競い合うところで進歩すると思うので、あらためてレースというのは良い環境だと思います。

佐藤 ── インディカーにぜひ参戦してほしいです。エタノールに代わって水素で。日本では馴染みがないレースかもしれませんが、インディの持つ歴史ってアメリカでは絶大なものがあるんですよ。100年前から500マイル(800キロメートル)の自動車レースをしちゃおうという国ですから、半端じゃない。F1でさえ歴史はまだ70年に満たないですから。

インディ500は、決勝日だけで40万人が集まります。その模様が全世界で放映されますから、注目度というのはすごいんですよ。

大平 ── もう、スケールが違いますよね。

佐藤 ── 安全性も飛躍的に向上しているし、セーフティー・デバイスはインディカーからF1に輸出された技術も多いです。大クラッシュになっても「水素カーは何も起こらない」となったら、ものすごい安全性のアピールポイントになりますよ。だって300キロオーバーで壁に激突するわけです。僕らはクラッシュすると、衝撃が100Gを超えるんですよ。

大平 ── 日本はかなり早い時期から水素の物性研究などもやっていて、シミュレーションを重ねた膨大なデータを持っていますから、それも役立てられそうです。

佐藤 ── アメリカは、何でも最初にやるのが好きですから。インディカーをそういう形で結び付けるなら、実現の可能性は高いと思います。

大平 ── アメリカの友人に伝えておこうかな。

佐藤 ── インディは市街地レースもやっているし、都市での宣伝効果も期待できる。FCVとのタイアップをするというのは、すごく面白いと思います。

大平 ── 日本の企業に初号機を出していただきたいですね。

佐藤 ── 燃料電池の研究を長年やっていますから、きっと実現できるでしょうね。未来は明るいです!(笑)。

大平 ── 期待できますよね。やはり技術はレースであったり、宇宙であったり、そういう最先端のところから落ちてくる面があります。これからの社会を支える水素エネルギーの技術を検証できるフィールドはものすごく魅力的だし、そうなってほしいなと思いますね。

佐藤 ── 本当に夢がある話ですから。では、ぜひ進めましょう!

Profile

大平 英二(おおひら えいじ)

1968年秋田県生まれ。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)新エネルギー部主任研究員。

1992年東京理科大学理学部卒、同年NEDO入講。主にエネルギー・環境関連の技術開発プロジェクトに携わり、NEDO蓄電技術開発室長などを経て、2013年4月より現職。

現在は水素エネルギーの普及展開に向け、多くの企業、大学が参画する技術開発プロジェクトのマネージャーとして、次世代の燃料電池や、水素を活用する新しいエネルギー・システム構築のための研究開発を推進。その傍ら、地方自治体における水素エネルギー普及計画策定のための委員会への参画、国内外での数多くの講演をこなしつつ、TVなどメディアを通じた水素エネルギーのわかりやすい情報発信に尽力。

共著に『水素エネルギー白書』、『図解 燃料電池技術』(ともに日刊工業新聞社)

佐藤 琢磨(さとう たくま)

1977年東京生まれ。学生時代の自転車競技から一転、20歳でレーシングスクールに入り、モータスポーツの世界へ入る。

2002年にF1デビューし、僅か2年後の2004年アメリカグランプリにて日本人歴代2人目となる表彰台に上がる。2010年からはインディカー・シリーズにチャレンジし、2013年ロングビーチグランプリにて日本人初優勝を成し遂げ、世界最高峰のレースと言われるF1とインディー両方で表彰台に上がった唯一の日本人ドライバーとなる。2016年は4シーズン目となるAJフォイト・レーシングから参戦した。

日本を代表するレーシングドライバーとして活躍する一方、オフシーズンでは自身で立ち上げた「With you Japan」プロジェクトとして2011年から復興地支援を毎年続けて活動。昨今では復興地支援と合わせて子供たちにカートの楽しさを伝えるキッズカートイベントを開催している。

http://www.takumasato.com/

Writer

神吉 弘邦(かんき ひろくに)

1974年生まれ。ライター/エディター。
日経BP社『日経パソコン』『日経ベストPC』編集部の後、同社のカルチャー誌『soltero』とメタローグ社の書評誌『recoreco』の創刊編集を担当。デザイン誌『AXIS』編集部を経て2010年よりフリー。広義のデザインをキーワードに、カルチャー誌、建築誌などの媒体で編集・執筆活動を行う。Twitterアカウントは、@h_kanki

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