No.012 特集:にっぽんの自然エネルギー
連載01 スマート農業が世界と暮らしを変える
Series Report

付加価値の高い作物の栽培をシステム化

農業クラウドの事業化にいち早く着手した富士通は、自社の農業向けクラウドサービスAkisaiをベースに据えて、スマート農業へと発展させるための技術開発を進めている。また同社の特徴として挙げられるのは、植物工場や施設園芸だけではなく、野菜や米、果物などの露地栽培や畜産まで広くカバーするシステムの構築を目指している点だ。こうしたさまざまなシーンで価値の高いサービスを提供するため、福島県会津若松市にあった半導体工場のクリーンルームを利用して「会津若松Akisaiやさい工場」を、静岡県の沼津工場敷地内に露地栽培と施設園芸を行う「Akisai農場」を開設。実践から得るデータや検証結果を基に、技術開発を進めている。

会津若松Akisaiやさい工場では、生野菜が食べられない腎臓病患者も食べられる低カリウムレタスを栽培し、高付加価値な機能性野菜として販売を始めた。また、露地栽培の技術開発の応用先として、人気の日本酒「獺祭(だっさい)」を生産する旭酒造と共同で、日本酒の原料となる酒造好適米「山田錦」の安定生産に向けた取り組みも進めている。山田錦は栽培が難しいため、生産者が増えにくく、かつ日本酒の需要増もあることから高付加価値の品種だと言える。

富士通では、日々の作業実績や使用した農薬・肥料、イネの生育状況、栽培成績(収穫した量や品質)など、露地栽培に関する情報をタブレット端末などで入力。その一方で、気温や湿度、土壌の温度・水分、電気伝導度のデータを1時間ごとに自動収集したり、定点カメラで生育の様子を1日1回撮影したりしている(図4)。こうしたデータを分析することで、栽培成績のよかった栽培条件を見極め、栽培マニュアルを作成しようとしているのだ。

富士通が露地栽培でのデータ取得に用いるマルチセンシングネットワーク端末
[図4] 富士通が露地栽培でのデータ取得に用いるマルチセンシングネットワーク端末農場の環境情報(温度、湿度、日差量、土壌温度、土壌水分量、電気伝導度、撮影画像)を取得し、特定小電力無線ネットワークで伝送する。
出典:富士通のプレスリリース

利用シーンと目的、扱うデータが多彩なシステムを目指す

大きな成果を上げたオランダのスマート農業では、野菜工場や大規模な施設園芸で栽培できる作物の中から生産品目を絞り込み、効果的で効率的なスマート農業を展開した。これに対し日本では、野菜工場、施設園芸に加え、露地栽培に向けたスマート農業の技術も積極的に開発されている。また、スマート化の目標も、安定生産や生産効率の向上だけではなく、高品質化など多目的化しているという特徴がある。

農地から取得するデータの種類も、オランダの例以上に多岐にわたる。当初は、温湿度や光量など基礎的なデータと、病害虫による食害や病原体の媒介を防ぐためのデータ取得が優先されていた。しかし後に、生産量と深くかかわる土壌中の物理的・化学的・生物的環境、高品質化に向けたガス交換・作物の密植度・水分蒸散量・残留農薬量といった多角的なデータにまで、取得範囲が広がっている。

利用シーンと目的、そして扱うデータが多彩なシステムを開発するためには、さまざまな農業に関する知見を科学的に取り扱える状態にしておく必要がある。農業では門外漢の製造業企業が、こうした農業に関する深い知見を直接扱うのは、荷が重い。そこで、この弱点を補完する役割を、農業技術を専門に扱うベンチャー企業が担い始めた。

ベンチャー企業がスマート農業の適用拡大を支援

スマート農業に欠かせないセンサー端末と、そこで得られるデータの解析技術などを提供するベンチャー企業の1つが、ベジタリアである。品種改良、農薬、化学肥料に頼らず、農作物が持つ本来の栄養価、美味しさ、安全性を保ちながら、安定した生産ができる栽培法を科学的に追求している。

同社のアプローチは、最新の植物科学とICT技術をフル活用して、自然が本来持っている力を最大限まで引き出そうとするものだ。具体的には、植物生育、病害虫発生のメカニズム、植物に必要な栄養素を作り出す土壌微生物の多様性バランスなど科学的な研究成果と、IoTで得られる日射量・温度・湿度・土壌水分・養分などの環境情報、樹液流などの生体情報、施肥管理・作業記録などの栽培情報を、人工知能を活用して分析し、最適な栽培法を探っている。

ベジタリアではこうした技術開発の指針に沿って、農地に設置するセンサー端末、データの管理・分析、収穫量予測などに向けたソフトウェアをグループ会社と共同で開発・提供している(図5)。既に、約600のユーザーが、4万2000箇所以上の農場で利用中だ。同社は、NTTドコモと資本業務提携を行い、保有するスマート農業の知見とドコモが保有するIoT向け通信技術を活用して、さらに進んだ技術開発を進めている。

オランダのトマトを生産する施設園芸の様子
[図5] ベジタリアのグループ会社 イーラボが販売している農業用センサー端末各圃場に設置することで、水田の水位、水温、温度、湿度などのデータを自動測定し、遠隔地からスマートフォンやタブレットの専用アプリで確認できる。
出典:CEATEC JAPAN 2016のNTTドコモブースで撮影

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