No.012 特集:にっぽんの自然エネルギー
連載01 スマート農業が世界と暮らしを変える
Series Report

また、ソフトバンクグループのPSソリューションズも同様のベンチャー企業だ。同社は、温湿度や日射量などのデータを収集し、分析するシステム「e-kakashi」を発売している。これは温湿度や土壌水分などを測るセンサーを接続する子機と、子機からの情報を集めてサーバーに送る親機で構成されたシステムである。農作物には品種ごとに適した栽培条件があるが、気候や土壌などの影響により微妙に誤差が生じる。そこで、その差を詳細に分析し、既存のノウハウと照合することで、「eKレシピ」という各地域に適した栽培条件を探り出し、提供しているのだ。その結果、経験が浅い就農者でも高品質な作物を作れる可能性が高まるという。

ベンチャー企業がスマート農業の適用拡大を支援

スマート農業をさらに高度なものへと進化させるための新しい技術も続々と登場している。その中から、興味深いものを一部紹介しよう。これらの技術からは、技術開発の切り口の多様さと、将来の可能性が感じられる。

佐賀大学、佐賀県、オプティムは共同で、殺虫機能を搭載したドローンを活用し、夜間に無農薬で害虫駆除する技術を開発している。これまで農作業は、専ら昼間に行われるものだった。害虫駆除は、本来ならば害虫が活発に活動する夜間が適しているのだが、昼間に作業を行っていたため、農薬を過剰に使って見えない害虫を見込みで駆除する必要があったのだ。ところがこの技術では、ドローンから殺虫器を吊り下げ、近寄ってきた虫を自動で駆除する。さらに、病害虫の発生箇所を自動解析し、ピンポイントで最小限の農薬を散布する機能まで搭載しているという。

井関農機は、土壌状態をリアルタイムで計測しながら、状態に応じて肥料を散布する機能を持ったスマート田植え機を開発した(図6)。水田というのは、一見したところ均一な状態に見えても、実際は耕した深さや土壌の肥沃度にばらつきがあることが多い。こうしたばらつきがあると収穫時期にイネが倒れやすくなり、コンバインによる収穫作業を阻害する要因になる。新しく開発した田植え機では、耕した深さを超音波距離センサーで検知、土壌の肥沃度を電極センサーで検知し、田植え作業をしながら必要に応じた量の肥料を散布する。

井関農機のスマート田植え機
[図6] 井関農機のスマート田植え機
出典:井関農機のホームページ

クボタは、おいしい米づくりに向けたデータを取得できるコンバインを開発した。これはイネの穂を刈り取りながら、収穫した米の量を収量センサーで、米の「おいしさ」に大きな影響を与えるタンパク含有率と水分率を食味センサーで測定できる。このうち食味センサーのタンパク含有率の測定は、近赤外線センサー(分光器)を用いたものだ。また、あらかじめ登録しておいた田の情報と、コンバインのGPSから得た位置情報を組み合わせてクラウドに記録し、品質向上に利用するという。

豊橋技術科学大学の澤田和明教授のグループは、スマート農業で必要なデータを一括収集できるセンサー素子を開発している。現在のスマート農業で使われている汎用の化学センサーは、土中や液中での使用が想定されていないため防水性能が低い。また、農業用としては高価でもある。しかし、澤田教授が開発しているセンサーチップは、5mm角のSiチップに温度、pH、電気泳動のセンサー素子を集積し、安価で防水性能も高い。さらに同グループでは、土壌や培養液中のK、Na、Mgイオンの濃度を計測するミネラルセンサーも開発中だという。

京都大学大学院の清水浩教授のグループは、超音波の放射圧を利用してイチゴ栽培などの受粉作業を自動化する技術を研究中だ。これは超音波で植物の花を共振させることで、花粉の飛散を行うシステム。これにより、今までハチや手作業による受粉が必要だった作物の人工受粉を自動化できるという。

日本の農家は、高品質な農作物を生産する知識を持っている。一方、日本の製造業企業は高品質な製品を大量かつ安定して生産する技術と知見を持っている。この両者の融合が、現在着実に進んでいるのだ。島国である日本から、生鮮食品である農産物を輸出することは、コストの面で難しいとされてきた。しかし、農家と製造業企業の知見を融合したスマート農業のシステムには、世界進出のチャンスが大いにある。第3回では、スマート農業が、世界の暮らしや社会に与えるインパクトと、そこで生まれる新しい価値を紹介しよう。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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