No.012 特集:にっぽんの自然エネルギー
連載01 スマート農業が世界と暮らしを変える
Series Report

安全な材料の生産を見せてマーケティング

そして、現在では、スマート農業で付加価値の高い作物やサービスを提供する動きが活発になった。新たに生み出そうとしている価値は極めて多様だ。いずれの取り組みも、まだ大きな潮流となっているとは言えない状況だが、スマート農業によって生み出される負荷価値の多様さを端的に示している。こうした試みの中から、将来の暮らしや社会を大きく変える動きへと発展していくものがあるだろう。ここからは、具体的な事例とともに、どのような価値を、どのように生み出していこうとしているのか紹介する。

まず、小型の野菜工場をレストランなどに設置し、生産と消費を同じ場所で行うことによって、新たな価値を生み出す例だ。

サンドウィッチのファーストフード企業であるサブウェイは、植物工場併設型の店舗「野菜ラボ」を2010年から東京と大阪で営業している(図2)。「店産店消」をコンセプトに、店舗の中央に植物工場を設置し、水耕栽培で無農薬のレタスを栽培しているのだ。約2坪の植物工場では1週間に約20玉(約100食分)のレタスが収穫でき、店舗で販売される商品の一部に使われている。

サブウェイの「野菜ラボ」の店内の様子
[図2] サブウェイの「野菜ラボ」の店内の様子
出典:植物工場の設備を提供しているリバネスのホームページ

同社が店産店消の店舗を展開した狙いは、消費する場所で材料を生産することで品質・鮮度ともに高い野菜の提供、輸送コストの削減などのメリットを検証する実験的な意味合いがある。同時に、人と農業や植物が触れ合う場所を創出することで、健康や環境に配慮した食品を提供するブランドイメージの醸成も狙っているようだ。3段ベッド構成の植物工場は、両サイドのカウンター席から間近に見られる店舗設計になっている。食材の生産現場は同時に広告塔であり、インテリアでもあるのだ。同様に植物工場を備えた飲食店は、同社以外にも徐々に増えてきている。

都会のニッチな空き地を農地に

次は、都会の空き地の有効利用策として、植物工場を事業化しようとする試みだ。

東京メトロは、地下鉄の地上走行区間(東西線西葛西〜葛西)の高架下に植物工場を作り、2014年から栽培した野菜を「東京サラダ」というブランドで沿線の飲食店や首都圏のホテルに販売している(図3)。鉄道の高架下は、駅に近い部分は店舗や駐輪場などに利用できる。しかし、駅から離れた場所に関しては、騒音にさらされる環境であることと交通の便が悪いことが相まって、使われないまま放置されていることが多い。ただし、都市部では貴重な空き地であることに変わりない。そこで、新鮮な野菜を栽培し、近隣で販売する試みに踏み切った。

東京メトロが運営する高架下を利用した植物工場
[図3] 東京メトロが運営する高架下を利用した植物工場
出典:東京メトロのニュースリリース

しかし、単純に野菜を栽培するだけでは、いかに物流コストがあまり掛からないとはいえ、安価で販売されている野菜に対する競争力がない。このため、クリーンルームのような完全密閉型の植物工場を設置し、無農薬でエグみやアクが少ない、袋を開けたら洗わなくてもそのまま食べられる野菜(フリルレタス、サンチュ、ベビーリーフなど)を生産している。ちなみに、東京メトロは、地上駅の屋根に太陽光発電システムを設置するなど、空き地や保有施設の有効利用の多様化に積極的に取り組んでいる。

作物と一緒に人も育てる

植物工場などを、農業関連のビジネスに従事する人材を都会で育成するための拠点にしようとする試みもある。

人材派遣業のパソナは、農業関連の研修事業やコンサルティング事業を行う子会社として、2011年にパソナ農援隊を設立。東京都千代田区大手町にあるグループ本社を「アーバンファーム」と称して、オフィス内の天井や壁で80種類以上の植物を育てている(図4)。同社社屋の1階では稲、花、野菜などの水耕・土耕栽培を、2階では野菜などの水耕・土耕栽培を、その他の階では野菜などの土耕栽培を行っている。さらに建物の外壁でも、四季を感じることができる200種以上の植物が栽培されている。

パソナ農援隊本社「アーバンファーム」の内部の様子
[図4] パソナ農援隊本社「アーバンファーム」の内部の様子
出典:パソナ農援隊のホームページ

アーバンファームでは、都心にいながら農業への興味を高めるとともに、農業の可能性を感じてもらう場として、同社が開催する農業関連セミナーを活用している。例えば、野菜を水耕栽培している植物工場では、LEDの色の違いによる育成の違いなども実物を見て知ることができるなど、アーバンファームでは多種多様なスマート農業の姿を学ぶことができる。今後、スマート農業を発展させていくためには、若い世代の育成が欠かせない。同時に、働く人の健康・農業・エコをコンセプトに植物を社員が育て、花や緑の空間をオフィスに提供することで社員がストレスを軽減し、イキイキと活躍できる環境を整備している。

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