No.012 特集:にっぽんの自然エネルギー
連載01 スマート農業が世界と暮らしを変える
Series Report

植物工場で健康食品や薬を作る

スマート農業によって、自然環境では栽培できない高機能な作物を栽培しようとする試みも活発になってきており(図5)、既に事業化されている例も多い。

機能性作物の市場規模は、高齢者人口の増加や健康志向の高まりを背景に、2015年の11億円から2025年には140億円と大幅に増加することが予測されている。日本では2015年4月から「機能性表示食品」制度が始まり、論文など科学的根拠を届け出れば、商品に健康上の効能を表示できるようになった。つまり、農作物の機能を、より消費者に分かりやすく訴求できるようになったわけだ。これまで、作物の機能を高める手段としては、品種改良が中心だった。これが、スマート農業の技術が進歩し、生育条件に対する効果の検証が進んだことで、生育条件の管理が機能性を高めるうえで重要な役割を演じることが分かってきている。

機能性作物の例と効能
[図5] 機能性作物の例と効能
出典:デロイトトーマツコンサルティングのホームページ

高機能作物を事業化する先駆けとなったのは、2007年にカゴメが販売を始めた太陽光利用型植物工場で栽培した高リコピントマトである。また、2016年には、富士通などが出資して設立されたスマートアグリカルチャー磐田が、青汁など健康食品の原料であるケールを品種改良とスマート農業の組み合わせによって、柔らかく苦味の少ない生で食べられるものに変えて商品化している。生育条件を整えれば、品種改良をすることなく機能性を高めることができる点がスマート農業の特長である。

また、インフルエンザなどの感染症に効果があるワクチン原料などを、天候に左右されず安定的に生産するために植物工場を利用しようとする動きもある。これは一部で商業化もされている。

ホクサンは、インターフェロンを生み出す遺伝子組み換えいちごを植物工場で安定生産し、そこから作り出したペット用の歯肉炎軽減剤「インターベリーα」を販売している(図6)。植物工場は完全密閉できるため、遺伝子組み換え作物の花粉が外部に出て、自然環境を汚染することがない。また、不純物が混入しないため、医薬品の原料を生産する場として最適である。それまでインターフェロンは微生物由来で作られていたが、遺伝子組み変えいちごを植物工場で栽培することにより、従来の1/10〜1/100までコストを削減できたという。

遺伝子組み換えと植物工場の組み合わせで医薬品を生産
[図6] 遺伝子組み換えと植物工場の組み合わせで医薬品を生産
(左)インターフェロンを生み出すいちごの栽培と出来上がった薬、(右)たばこを使ったワクチン生産の流れ
出典:ホクサンと田辺三菱製薬のホームページ

田辺三菱製薬の子会社であるカナダのメディカゴ社は、植物工場で栽培した遺伝子組み換えタバコの葉から、インフルエンザやエボラ出血熱などのワクチン生成に成功している。植物由来の技術を使用することで、鶏卵でウイルスを培養して作るこれまでの方法よりも、設備と生産コストを削減できる。また、栽培期間を50%以上短縮できるため、パンデミックなど突如出現した脅威に対する新しい治療やワクチンの選定作業の効率を上げることも可能だ。

生産地から食卓までの履歴を管理

少し違ったアプローチから、農産物の価値を高める検討も始まっている。スマート農業の発展によって、農作物の生産から加工、物流、販売までを一貫してデータで管理できるようになった。この利点を活用すれば、食品の安全を確保するためのトレーサビリティを実現できるようになる。実際に、農業クラウドを提供するIT企業は、無線でひとつひとつの作物を個体認識できるRFIDタグを利用し、トレーサビリティを実現するサービスなどの提供を開始している。

1990年代後半から、遺伝子組み換え作物の登場、食品アレルギー問題、BSE(牛海綿状脳症)問題、産地偽造問題などの発生によって、食品の安全性に対する関心が高まった。その一環で、消費者が手にする食品に含まれるものが、どのような履歴を経てきたのか、遡って調べられるトレーサビリティの必要性が重要になってきている。食の安全が脅かされる事態が発生した時に、原因の調査と影響範囲の特定、回収など対応を迅速に行うためには、トレーサビリティが欠かせない。

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