No.011 特集:人工知能(A.I.)が人間を超える日
連載02 省エネを創り出すパワー半導体
Series Report

調査会社の予測はいつもポジティブ

今後の市場予測を見てみよう。矢野経済研究所は今後のパワー半導体の市場見通しを2016年2月に発表している(図2)。2015年のパワー半導体市場を148億2000万ドルと見積もっており、これが2020年には231億ドル、2025年には339億ドルに成長すると予測する。

パワー半導体市場の今後の予想 2016年2月に発表
[図2] パワー半導体市場の今後の予想 2016年2月に発表
出典:矢野経済研究所

ただ、これらの予測の数字は矢野経済に限らず、多くの市場調査会社の予測は正確ではないことに注意しよう。これまでのデータを見る限りは、期待が先行し、現実の数字よりも常に下回っている(参考資料1、2)。

なぜ、パワー半導体の市場予測は難しいのだろうか。しかも、予測する時点では必ず、プラス成長が続くと想定している。連載最終回では、その理由を分析し、今後の市場予測を探ってみたい。

期待が先行していた

これまで、市場調査会社やパワー半導体メーカーは、その市場予測を、期待を込めて行ってきたといえる。その理由は、いくつかある。

まず一つ目は、パワー半導体の使われる分野である産業市場の動きが、ITやモバイルビジネスと比べて遅いことが挙げられる。

工場の機械を動かすモータ制御や電源、自動車などは、高い信頼性と品質が最優先である。このため、時間をかけても厳しいテストを繰り返し、問題のないことを確認しなければならない。電源回路は、安定に何時間でも動作することが求められる。例えば電力を入れっぱなしのサーバ向けの電源は、何カ月経とうが安定して電圧を供給し続けられなければならない。

また、モータ制御用のパワー半導体だと、動作のオン・オフが頻繁に行われることが多いため、高温(オン)と低温(オフ)を繰り返す環境にさらされる。自動車用の部品には、窓の開閉やワイパーなどにモータが多数使われており、高温と低温の状態が繰り返される環境だ。それでもパワー半導体は正常に動作しなければならない。

自動車産業は非常に注目されているが、現在開発されている車載用半導体ICが完成車に搭載されるのは、約5年後である。このことからもわかるように、パワー半導体は急成長する分野ではない。ゆっくり着実に成長する分野なのである。

その結果、需要に合ったタイミングで、パワー半導体を供給できないことがある。これが、市場予測が難しい、二つ目の理由である。例えば、シリコンのバイポーラトランジスタ(npnやpnpトランジスタといわれるもの)をMOSトランジスタへ置き換えるのに10年以上もかかった。ほかにも、MOSトランジスタよりももっと大きな電流をとれるIGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)が開発競争をしていたのは1980年代だが、商品が本格的に使われるようになったのは2000年代になってからだったという事例もある。

さらに、コストが高いから売れない、売れれば習熟してコストを下げられる、という鶏と卵の問題があるのだ。

三つ目の理由は、民生、工業、企業オフィス、社会インフラ、といった半導体市場全体を見ると、大きな電流や電圧を必要とする市場は、それほど大きくはないことが挙げられる。例えば、電池で動くIoTデバイスでは極力消費電力を小さくし、電流を消費しないことが原則だ。さらに環境発電ともいわれるエネルギーハーベスティング*1分野は、そもそも発電量が小さいためパワー半導体を必要としない。

小さな電池やエネルギーハーベスティングで動くIoTの分野では、パワートランジスタは必要とされない。大電流を扱う用途が少ないからこそ、パワー半導体の需要は、マイコンや汎用アナログICなどに比べて限られているといえる。

連載第2回で述べたようなSiCやGaNなどの新しい半導体は、当初の生産量が少ないからこそ価格は高く、価格が高いから出荷量は少ない。その結果、安くならない。こういったループから抜け出せないのである。

[ 脚注 ]

*1
エネルギーハーベスティング: 身の回りにある熱や光、振動、圧力などのエネルギーだけで電子回路を動かす技術のこと。

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