No.015 特集:5Gで変わる私たちのくらし
Scientist Interview

── 今は何に関心がありますか。

微生物の遺伝情報の解析です。DNAシークエンシング(塩基配列化)*2することで、自分の周りの環境の今まで見えていなかった生物的な姿がわかる可能性があり、これに興味を持っています。問題は、そんなことが可能だと多くの人は信じていないことと、そうしたテクノロジーに関わっている人たちですら、単に仕事としてやっているということです。

── それは、どういうことなのでしょうか。

3~4年前から、腸内細菌など体内の微生物に対する意識が高まってきました。人間は単体の生命体ではなく、50万もの微生物と共生する生命体の総体であり、互いに協調・競合する微生物を内部に秘めた複雑な生態系だと考えられるようになったのです。

人間自体に属す遺伝子より、体内で共生する微生物に属す遺伝子の方が多いこともわかりました。そうであれば、人間としての生命は両親から受け継いだ遺伝的性質以上に、微生物の遺伝的性質に左右されていると考えられるのではないでしょうか。

さらに僕は、東京やニューヨークのような都市も、微生物と共生しているのではないかと考えました。そこで、東京の森ビルとMITメディアラボとで協力し、都市を建物が立ち並ぶ環境としてではなく、よりホーリスティックで生物的な生命体として捉えられないか検討する共同プロジェクトに取り組んでいます。東京やニューヨークの生物的な姿とは一体どんなものなのかということです。

── 体内の微生物から、今度は都市に生息する微生物に目を向けたということでしょうか。

今は多くの研究者が体内の微生物に関心を抱いていますが、我々にとって人間の体というのはスタート地点に過ぎませんでした。我々の研究は、東京やニューヨークという都市間で、そこに生息する微生物は異なっているのか、というところへ広がっていったのです。ただ、この問いに答えが出るのかわからなかったし、こうした研究を誰かがやっているのかも知らなかった。

そこで、メディアラボの学生も含めた共同研究者らと、その答えを探すべく乗り出したのです。その過程で、ハーバード大学ワイス・インスティテュートのディレクターであるジョージ・チャーチに会いました。彼が言うには、ニューヨークの微生物を全て知るには、DNAを手に入れてシークエンスしなければならないとのことでした。さて、それではDNAはどうやって採取するのか。そこから、どんどん面白くなっていったのです。

── 実際に全ての微生物のDNAを採取することは可能なのですか。

それを模索する中で、実際そうしたことをやっている3つの研究グループに遭遇しました。一つ目は、やはりMITの研究グループで、都市の下水道にロボットを入れ、人間の排泄物のDNAシークエンシングをやっていた。これは、都市を捉えるための非常に特殊なレンズだと言えます。

二つ目はオレゴン大学の研究で、HVAC(空調)システムのフィルターに溜まった微生物のDNAシークエンシングをして、どんな微生物がいるのか、建物内でそれらがどう移動しているのかを調べていました。

そして、三つ目のコーネル大学の研究では、何百万ドルもの研究費と何百人もの助けを借りて、ニューヨークの全地下鉄駅の表面を綿棒でこすって微生物のサンプルを取っていたのです。ただ、それだけの資金と労力をかけても、地下鉄駅という限られた範囲に過ぎない。

── 都市全体のDNAというわけにはいかないと。

僕自身は、実際の路上に関心があったので、共同研究者らと考え抜きました。それで思い出したのが、ブルックリンの都市養蜂家の話です。ある時、彼らのミツバチが真っ赤に染まったことがあるのですが、その理由がずっとわからなかったというのです。これは毒なのではないかなど、いろいろな説が出てきましたが、結局は赤いシロップを製造している近くのマラスキーノ・チェリー工場に、ハチが侵入してしまったのが原因ということでした。

これでひらめいたのです。都市を知るにはミツバチに聞け、と。当時はちょうど都市養蜂が盛んになり始めた時期で、我々は無菌のトレイを敷いた特殊な巣を作りました。ミツバチは、周辺1.5マイルを飛んで巣に戻り、接触したすべてのものをここで振り落とします。それをラボで分析してもらって、都市の微生物を調べるという方法です。これを、東京、シドニー、メルボルン、ブルックリン、ベニスなどで行いました。今後、さらに別の都市でもやる予定です。

ケヴィン・スラヴィン氏

── それぞれの都市に異なった微生物が生息していることが、実際に把握できるわけですね。

各都市に固有の微生物がいることがわかるのはもちろんですが、同時に僕は、現実とは何かということに関心があります。つまり、都市とは、目に見えるもの以上に、目に見えないものによって作られていて、その目に見えない部分がもっと重要だという意識モデルが生まれるということです。そうした感性を確立したいと思うのです。

先述した3つの研究グループは、現実の問題を解決しようとしているのですが、我々が取得したデータは彼らにとっても有用なもので、これはより大きな科学的探求の一部になりつつあります。

[ 脚注 ]

*2
DNAシークエンシング: 生物の遺伝子情報を担うDNA分子のヌクレオチド配列を決定すること。

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