No.015 特集:5Gで変わる私たちのくらし
Scientist Interview

── これまでの活動では、テクノロジーを可視化するという操作を行ってきたわけですが、この微生物プロジェクトでは、「観察する」という方向に舵を取ったように見えます。この変化の理由は何でしょうか。

テクノロジー・システムから自然のシステムへ関心を移しましたが、それは同じ探求を違った段階へ移行したということかもしれません。おそらく、テクノロジーのシステムを問う方が、自然システムを問うよりも簡単でしょう。

また、生物システムがだんだんとテクノロジー・システムのようになってきて、テクノロジーによってそこへアクセスしやすくなっていることも理由だと思います。現時点でテクノロジーの可能性を拡張するのは、生命の追究にそれが必要だからです。

それは、人間とテクノロジーが合体するというシンギュラリティーやサイボーグ的な視点とは異なり、テクノロジーによって生命をこれまでにない方法で理解することが可能になったということです。ゲノムが解読された時、ほとんどの人が「これで、ツバを分析してもらえば、自分が誰であるかすっかりわかるようになった」と考えたでしょう。しかし、それはシークエンシングの最もつまらない利用方法です。

というのも、我々には世界のあらゆることを知る可能性が残されている。我々が採集している微生物の半分には、まだ名前すらありません。今や火星に人を送り込んで、そこを新しい住まいにしようとしているわけですが、他方、我々は地球上の生命の多くを知らないのです。実におかしなことですよね。こうしたことについては、DNAを調べ上げる莫大な計算力が備わって、初めて自覚可能になってきたことです。次にどんなテクノロジーのシステムがやってくるのか、それはまだわかりません。

── 通信分野では、5Gの実現が具体的になってきました。5G時代には、どんなことができると考えていますか。

通信分野において、アメリカは日本やヨーロッパよりかなり遅れています。WiFi以上の広帯域通信については考えも及ばず、それが可能になっても何のためにあるのかすぐにはわからなかった。今になって、ユーチューブとそれによってもたらされたものがかなりパワフルであることが、ようやくわかってきた程度です。

しかし僕が、5G時代になれば面白そうだと思うのは、ビデオにアクセスができるとか、どこでも接続が可能になるといったことではありません。それよりも、プロセス能力、あるいは大量のデータをアップロードできるところに可能性を感じます。

例えば、スマートフォンはアウトプットのデバイスではなくて、5Gにつながったセンサとして捉えると何ができるか。スマートフォンは、見えるものによってどこにいるかがわかるSLAM(自己位置推定とマッピングを同時に行う技術)*3を備えることになるでしょう。

その機能性の副産物として、何百万人もの人々が使っているスマートフォンのSLAMデータが集積され、屋内マップが自動的に作られるということも可能です。10年ほど前に、ブレイズ・アグエラ・ヤルカスが、人々が観光で撮った写真を集めて立体的に再構築し、ノートルダムなどの名所を三次元で見られるようにしたことがありました。

当時は、皆が写真を上げる場所としてフリッカー*4が登場したのですが、彼はそれを利用して多次元的画像を作るエンジンを、その背後で開発したわけです。今は誰もがビデオ撮影をしています。そこから誰かが想像を超えた副産物を生み出す余地はあるでしょう。

── それが誰も知らないうちに、それが自動的に行われるということですね。

そうです。号令も何もなしに、です。今、スマートフォンのマップの性能がこれだけ向上したのも、個々人が持っているスマートフォンが常にデータを送って微調整が行われているからです。同様に、5Gが広まってビデオ信号を常時受け取れるようになれば、世界の三次元的な空間画像が自動的に形成されていくかもしれません。

── スラヴィンさんは 見えないテクノロジーを利用したゲームなど、これまで楽しいしくみを考えてきました。今後、現実世界自体がゲーム化すれば、いろいろなテクノロジーがもっと面白くなると思いませんか。

昔、ゲーム会社を経営していた時に、同じような質問をよく受けました。全部、ゲームみたいにすればいいじゃないか、と。我々の答はノーです。

というのは、ゲームを面白くしているのは、それが現実ではないからです。哲学者のヨハン・ホイジンガが「マジック・サークル」という概念について述べています。例えば二人の友人がモノポリー・ゲームをやって、互いを破産させようと必死になる。ここでは、現実世界で二人を構成する要素とは一切無関係に、同額の持ち金で始めます。

そして、相手を食い物にしようと奮闘するわけですが、このゲームで起こったことは現実世界に何ら影響を与えず、ゲームが終われば、かれらは日常生活に戻る。この魔法のような輪の中に自在に出入り可能であることこそが、ゲームを面白くしているのです。我々は、輪の中を現実世界のように作り上げこそしますが、輪の外をゲームのようにしているわけではないのです。

── テクノロジーが今後どんどん進化していくと、人間の心はどこへ向かうのでしょうか。

壮大な問いですね。テクノロジーの進化の初期段階においては、コンピュータは将来的に人間の脳や心と同じ働きをするのだ、という間違った前提に立ってすべてを捉えていました。けれども、そうではない。泳ぐという共通点はあっても、潜水艦が魚にはなり得ないのと同様です。

コンピュータはまるで思考しているようなことをやっているけれども、決して考えてはいません。今では、人間とコンピュータの違いがはっきりとわかるようになってきました。

そうすると、いずれ人間を人間たらしめている理由が明確になるところに、価値が出てくるのではないか。つまり、コンピュータを人間のように作るのではなく、人間をもっと人間らしくするコンピュータを作ることに価値が生まれるのではないかと思うのです。

[ 脚注 ]

*3
SLAM(Simultaneous Localization and Mapping): 自己位置の推定と地図の作成を同時に行う技術。自走車やロボットなどで利用されている。
*4
フリッカー(Flickr): 写真の共有を目的としたコミュニティサイト
ケヴィン・スラヴィン氏
 

Profile

ケヴィン・スラヴィン(Kevin Slavin)

2013年にMITメディアラボでプレイフル・システムズ・グループを創設、助教授を務めた後、現在は複合アートセンターの「The Shed」(2019年にオープン予定)のチーフ・サイエンス・アンド・テクノロジー・オフィサーに就任。
ニューヨークのクーパー・ユニオンを卒業後、出版社、広告代理店などに在籍しながら、テクノロジーを利用した多様なゲーム作品やアート活動を生み出してきた。
2005年に共同創設したArea/Codeでは、位置情報ゲームの先がけとなるものを開発し、都市をゲームボードとして利用するなど、先鋭的なアイデアに溢れる試みを多く行った。同社は2011年にジンガに買収されている。

Writer

瀧口 範子(たきぐち のりこ)

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。
上智大学外国学部ドイツ語学科卒業。雑誌社で編集者を務めた後、フリーランスに。1996-98年にフルブライト奨学生として(ジャーナリスト・プログラム)、スタンフォード大学工学部コンピューター・サイエンス学科にて客員研究員。現在はシリコンバレーに在住し、テクノロジー、ビジネス、文化一般に関する記事を新聞や雑誌に幅広く寄稿する。著書に『行動主義:レム・コールハース ドキュメント』(TOTO出版)『にほんの建築家:伊東豊雄観察記』(TOTO出版)、訳書に 『ソフトウェアの達人たち(Bringing Design to Software)』(アジソンウェスレイ・ジャパン刊)、『エンジニアの心象風景:ピーター・ライス自伝』(鹿島出版会 共訳)、『人工知能は敵か味方か』(日経BP社)などがある。

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