No.011 特集:人工知能(A.I.)が人間を超える日
連載02 魅惑の赤い星へ。人とロボットが挑む火星探査の最前線
Series Report

イーロン・マスクとスペースXの野望

一方、NASAの計画とは別に火星を目指し、そしてもしかするとより早く到達するかもしれない民間企業も存在する。米国のスペースXである。

スペースXは2002年に、起業家のイーロン・マスク氏によって立ち上げられた。マスク氏は「テスラ・モーターズ」という電気自動車の会社の設立者としても知られ、近年日本でもよく話題に上る人物である。

スペースXはまず、小型ロケットの開発から始め、技術を蓄積した後、大型の「ファルコン9」というロケットを開発した。 ファルコン9は現在、毎月のように国際宇宙ステーション(ISS)へ向けて補給船を打ち上げたり、地球観測衛星や通信衛星を打ち上げたりと、八面六臂の活躍を続けている。さらに、人が乗れる有人宇宙船「ドラゴン2」の開発も行っており、2017年にも初打ち上げが行われる見通しとなっている。現在、地球とISSとの宇宙飛行士の往復はロシアの宇宙船が一手に引き受けているが、ドラゴン2が完成すればその一部を肩代わりすることになる。

しかし、スペースXとマスク氏にとって、地球の周囲に人工衛星や宇宙船を打ち上げることは単なる通過点にすぎない。彼らはかねてより、「人類の火星への移住こそが真の目的である」と言ってはばからない。

現に2016年4月27日、スペースXは火星へ向けて無人の宇宙船を打ち上げる計画を発表した。ドラゴン2をもとに火星飛行用に合わせて改良した「レッド・ドラゴン」を打ち上げ、火星までの飛行や、火星地表への着陸技術を試験するというもので、早ければ2018年にも実施したいとしている。

NASAにとっては目の上のたんこぶにもなりかねないが、実際にはNASAもこの動きを歓迎し、協力関係が築かれている。たとえばスペースXは宇宙船が火星に着陸する際に得られるデータを提供し、NASAはその見返りとして、同社に対して技術的な支援を行うという。また、レッド・ドラゴンにNASAの観測機器を搭載する計画もあるという。

このスペースXの挑戦が実現すれば、火星への有人飛行に向けた大きな一歩となるだろう。もしかするとNASAが計画している2030年代という目標よりも早く、人類が火星の大地を踏みしめることになるかもしれない。

火星に着陸するレッド・ドラゴンの想像図
火星に着陸するレッド・ドラゴンの想像図  (Image Credit: SpaceX)

さらに、レッド・ドラゴンと並行し、スペースXは「火星移民船」(Mars Colonial Transporter)と呼ばれる、人類の本格的な宇宙移住のための大型の宇宙船の開発も始めている。火星移民船は約100トンもの物資と人を火星に送り込める巨大な船で、その大きさはレッド・ドラゴンの実に約15倍にもなる。もちろんそれを打ち上げるロケットも巨大で、これまでに人類が開発したあらゆるロケットよりも大きな機体になるとされる。ロケット・エンジンも、高性能化が期待できるも未だ実用化されたことのない仕組みを採用した強力なもので、すでに部品単体での試験などを経て、まもなく本格的なエンジンの試験が始まる予定となっている。

こうして書き並べると、あまりにも気宇壮大で、とても実現しそうにないと思われるかもしれない。しかしマスク氏が2016年6月に語ったところによれば、火星移民船の無人での初打ち上げは2022年を計画しており、さらに2024年には有人での打ち上げを計画しているという。

このマスク氏、そしてスペースXの野望である火星移民化計画はまだ断片的にしか明らかにされていないが、2016年9月にメキシコで開催される「国際宇宙会議」において、具体的な詳細を発表するとしている。

アポロ計画で人類が月に降り立ってから、まもなく半世紀が過ぎようとしている。この50年、人類の活動圏は地球とその周辺のみに押し留められてきたが、いよいよ火星の大地を目指す準備が始まった。

もちろん実現までには、技術や予算など、乗り越えなくてはならない壁がまだ多い。NASAの計画もスペースXの野望も実現せずに終わり、人類が再び、地球の周辺でくすぶり続ける時代に戻る可能性もあるだろう。

しかし、長年の無人探査機による探査から、私たちは火星について多くのことを学び、そしてこの50年を通して得られた、有人宇宙開発の技術や実績、知見もまた膨大なものになっている。少なくともSFの中でしか描かれなかったころ、あるいはフォン・ブラウンが『The Mars Project』で構想したころと比べると、何もかもが進み、恵まれた時代にある。この歩みを止めないかぎり、そしてどこかで一歩を踏み出す勇気を出すことができれば、私たちが地球人から火星人になれる日は、かならずやってくることだろう。

(第3回へ)

Writer

鳥嶋 真也

作家、宇宙作家クラブ会員

国内外の宇宙開発に関する取材、執筆活動を行っている。主にロシア、中国などの宇宙開発を専門としている。 現在、マイナビニュース(http://news.mynavi.jp/technology/aerospace/)やハーバービジネスオンライン(http://hbol.jp/)などで、ニュースや論考を執筆中。

Webサイト:http://kosmograd.info/

Twitter:http://twitter.com/kosmograd_info

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