No.011 特集:人工知能(A.I.)が人間を超える日
連載02 魅惑の赤い星へ。人とロボットが挑む火星探査の最前線
Series Report

MMXの最大の特長かつユニークな点は、火星の衛星からの「サンプル・リターン」を行うところにある。

サンプル・リターンとは、ある天体の表面から岩石や砂、土などの「サンプル」を採取し、地球に持って帰ってくる(リターンする)ことで、アポロ計画で月の石を持って帰ってきたことや、2010年に小惑星「イトカワ」の砂を持ち帰った「はやぶさ」などで有名である。

サンプル・リターンは地球に帰ってくる必要があるため、成果が出るまで時間がかかってしまう。しかし、持って帰ってきたサンプルを地球にある最新かつ最先端の装置を使い、さらに人の手で直接分析ができるという、極めて大きな利点がある。また、持って帰ってきたサンプルを保管しておき、将来もっと進んだ装置で分析すれば、さらに新しい発見があるかもしれない。

今のところ、MMXがサンプル・リターンを行う目標は、フォボスが候補とされている。火星の衛星の起源や、水の謎を解くには、フォボスでもデイモスでも大して成果に違いはないという。ただ、フォボスのほうが火星に近い分、火星の地表に小惑星がぶつかったと仮定した際に、その飛び散った破片がほんのわずか、"ふりかけ"のように積もっているのではと考えられている。うまくいけばフォボスのサンプルだけでなく、火星地表のサンプルも同時に手に入るかもしれないということから、まずはフォボスを目指すことになったのだという。また、火星に近いため、行き帰りが難しいフォボスに行く準備をしておけば、いざデイモスに行き先を変更しても影響は最小限で済むという。

フォボスもデイモスも、これまで火星探査機がそばを通過するときに観測されたくらいで、詳細な探査が行われたことはない。また2011年にロシアが「フォボス・グルント」という探査機でフォボスからのサンプル・リターンを試みているが、地球から火星へ向かう軌道に乗り移ることができず、失敗に終わっている。

MMXが成功すれば、フォボスの詳細な探査とサンプル・リターンという二つの世界初を成し遂げることになり、科学的にも大きな意義のある成果を残すことができるのだ。

日本最大の探査機が挑む約5年の往復航行

現在のところ、MMXの打ち上げは2020年代の前半に計画されている。打ち上げ後、約1年をかけてフォボスに到着。約3年間滞在し、その間に周囲から観測を行ったり、数回に分けて着陸、サンプル回収を実施する。そしてフォボスを出発し、1年かけて地球に帰還する、打ち上げから帰還まで約5年におよぶミッションとなる(打ち上げ時期、ミッションの要求などによって変わる可能性もある)。

MMXのミッション案の図
MMXのミッション案。説明表記はすべて仮のもので、打ち上げ時期やミッション期間などは今後変わる可能性がある (Image Credit: JAXA)

MMXの質量は3トン強と、日本の探査機としては最も大きい。打ち上げには、開発中の大型ロケット「H3」ロケットが想定されている。

ただ、大きいとはいえ、そのうち3分の2ほどは燃料が占めており、観測機器やサンプルを回収する機構など、探査機の本体部分は3分の1ほどしかない。つまり見かけはともかく、探査機の規模としては中型の探査機の範疇にある。

これほどまで燃料が必要なのは、火星圏まで行って帰ってくるには、多くの燃料が必要になるためである。もちろん小惑星探査機「はやぶさ」のように、イオン・エンジンを使えば、燃費が非常に良いため燃料の搭載量を少なくでき、探査機を軽くすることはできる。しかしイオン・エンジンは急な加減速ができないため、目的地にたどり着くのに時間がかかるという欠点がある。また動かすのに大電力を必要とするため、巨大な太陽電池を装備しなくてはならないが、その場合着陸できる地形や、フォボスでの滞在時間に制約ができてしまう。

そこでMMXでは、他の多くの衛星や探査機と同じ、燃料と酸化剤を燃やし、そのガスを噴射することで推進力を得る「化学推進」を用いる構成が第一候補となっている。化学推進は電気推進と対称的に、燃費は悪いため多くの燃料を積まねばならないが、急な加減速ができ、大電力もいらない。もっとも、今後、たとえば搭載機器を増やしたい、あるいは各機器が想定より重くなってしまったといった事情で、探査機が打ち上げられないといった問題が出れば、軽くできる電気推進に変わる可能性もあるという。

なお、フォボスでも小惑星でも、表面は太陽風や微小隕石との衝突によって、変質しているため、その天体の本来の姿を知るためには、地中からサンプルを取る必要がある。そのためMMXには、地中を10cmほど掘って、そこからサンプルを回収する機構が搭載される。その仕組みはまだ検討中で、たとえばボーリングのように筒を打ち込む機構などが考えられているという。

この他、他国の宇宙機関から提供を受けた観測機器を搭載する案や、小型の着陸機を積んでいってフォボスに降ろす案など、さまざまな案が検討されており、今後打ち上げまでの間に、MMXの姿は、本記事に掲載している想像図からどんどん変わっていくかもしれない。

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