No.011 特集:人工知能(A.I.)が人間を超える日
連載02 魅惑の赤い星へ。人とロボットが挑む火星探査の最前線
Series Report

第3回
のぞみを繋いで火星の月からの
サンプル・リターンに挑む日本の探査機「MMX」

 

  • 2016.09.30
  • 文/鳥嶋 真也

太陽系第4惑星の火星。夜空に赤く怪しく輝くこの惑星は、太古の昔から不吉な星として、人々から怖れられていた。しかし20世紀中ごろ、人類はロケットと探査機を使って、この赤い星を探検する力を手に入れ、今では7機もの探査機たちが火星で探査活動に従事している。そして、かつてはSF小説の中の夢物語にすぎなかった有人火星探査も、今やかつてないほど実現に近づきつつある。本連載では、第1回で無人探査機による火星探査の歴史と現在、将来を、第2回で実現に向けて動きはじめつつある有人火星探査について、そして第3回では、日本で検討が進む新たな火星探査計画について紹介したい。

のぞみをつないで

2010年、小惑星探査機「はやぶさ」が7年にわたる苦闘の旅を終えて地球に帰還し、小惑星「イトカワ」の砂が入ったカプセルを送り届けた。この世界初の小惑星からのサンプル・リターンの成功により、人類は初めて小惑星の砂を、直接見て触れて分析することができるようになった。

その「はやぶさ」がまだ宇宙を航行し続けていた2003年、ミッションを断念せざるを得なくなった探査機があった。日本初の火星探査機「のぞみ」である。「のぞみ」は1998年7月4日に打ち上げられ、翌1999年に火星に到着する予定だった。しかし、航行中に起きた問題で予定より4年遅れで火星に到着することになり、さらにその後、別の問題も発生し、復旧できなかったことから、2003年12月9日 に火星をまわる軌道への投入を断念することになった。

火星探査機「のぞみ」の図
火星探査機「のぞみ」 (Image Credit: JAXA)

この「のぞみ」の失敗から10年以上が経った今、いよいよ日本の、次の火星探査計画が動きはじめた。「MMX」と呼ばれるその探査機の目的地は、火星そのものではなく、火星の衛星である「フォボス」、「デイモス」に向けられている。

なぜ、火星の衛星を目指すのか、火星の衛星を調べると何がわかるのか、そしてMMXとは、どのような探査機なのだろうか。

地球の水はどこからやってきたのか

なぜ、火星の衛星を目指すのか。その背景には、地球と太陽系、さらに他の惑星系をも取り巻く、ある大きな謎がある。

太陽系は太陽に近い順から、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星と並んでいる。それぞれ姿形や大きさなど特徴は千差万別だが、その中でも、あまりにも大きな違いが生まれている場所がある。

それは火星と木星の間である。水星から火星までは岩石が主体となっているが、木星より遠くはガスが主体の惑星になっている。まるで火星と木星の間に、両者を隔てる「何か」があったように思える。

その「何か」、つまり火星と木星を隔てる境界線を「スノー・ライン」と呼ぶ。スノー・ラインという言葉は本来、山の雪が積もっているところと積もっていないところ、つまり水が固体で存在するか、液体で存在するかの境目を指すが、太陽系の場合、天体の中に水が存在できたかどうかの境目のことを指す。

太陽系誕生時、スノー・ラインの内側にある天体は暑いため、水は水蒸気になって逃げてしまい、やがてカラカラに乾燥した水のない天体になった。逆に、スノー・ライン の外側は寒いため、水は水蒸気にならず、水と岩石がくっついた含水鉱物という状態や、あるいは氷の状態で残った。実際に、水星や金星には液体の水はなく、逆に、ちょうどスノー・ライン付近にある小惑星帯(アステロイド・ベルト)では含水鉱物をもつ小惑星が見つかっており、また木星や土星がもつ衛星や、あるいは冥王星など、スノー・ラインより遠くにある天体の多くは氷が主体となっている(なお、水が液体の状態を保つには、ある一定の温度と圧力が必要になるため、太陽系誕生時には液体の水は存在できなかったと考えられている)。

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