No.011 特集:人工知能(A.I.)が人間を超える日
連載02 魅惑の赤い星へ。人とロボットが挑む火星探査の最前線
Series Report
MMXのサンプル採取のイメージ図
MMXのサンプル採取のイメージ (Image Credit: JAXA)

プログラム的探査の始まりへ

MMXのもう一つの特徴は、「プログラム的探査」の始まりであるという点にある。

プログラム的探査とは、長期的な計画に基づいて、戦略的に探査を実施するというもの。NASAを例に出すと、まず火星周囲をまわる探査機を打ち上げ、次に着陸し、さらに地表を走り回るローヴァーを送り、ゆくゆくは火星からのサンプル・リターン、有人探査を計画している。近年では中国が月探査でプログラム的探査を実施している。

しかし、日本のこれまでの探査を見ると、プログラム化されていない、単発的な探査が多かった。たとえば火星探査は「のぞみ」で一旦終わり、月探査も「かぐや」で一旦終わっている。唯一、小惑星探査で「はやぶさ」と「はやぶさ2」という継続性が生まれたが、では「はやぶさ2」の次はどうするのかなど、将来的に日本が小惑星をどうしたいのか、という長期的かつ戦略的な展望はない。

日本でプログラム的探査が成立しにくいのには理由がある。通常、ISAS(宇宙科学研究所)で探査計画を提案するときには、まず研究者がどの天体に行きたいか、そこで何を見たり調べたりしたいかといったことを設定し、次に小さな検討グループ(ワーキング・グループという)を立ち上げ、そのミッションが可能かどうかの検討を行い、それがある程度固まったら、正式にミッションとして承認を受けるために提案を出す、という過程を踏む。

しかし、研究者によって専門が違うため、行きたい天体や、見たり調べたりしたいことは千差万別で、さらに日本は欧米に比べると予算も人材も少ないため、なかなかまとまることが難しい。

そこで、日本が得意な、あるいは日本でも可能な技術を使って、世界を出し抜けるようなおもしろい探査をプログラム的に行うとしたらどういうことができるだろうか、ということを考える場をまず設定し、そこで各々がアイディアを出し合い、その結果「火星の衛星からのサンプル・リターンが良いのでは」という結論に至り、現在のMMXの検討がスタートしたという。

では、MMXの次に、日本の"プログラム的探査"はどこへ向かうのだろうか。JAXAの藤本さんは「フォボスまで行ったら、次は火星でしょうね」と語る。「火星はすでにNASAが多くの探査機を送り込んでいたり、日本ではそれほど大規模の探査機は送り込めないなど、ハードルが高いのですが、逆にプログラム的に進めることを目的にし、計画を作っていくのは、楽しいチャレンジになると思います」と述べている。

たとえば火星の進化の歴史などを調べたいなら、地中や、地層が露出している崖のような場所を調べる必要がある。その場合、研究者が調べたい場所に探査機を着陸させる必要があるが、NASAは今のところ、まだそういった探査はやっていない。一方、MMXの着陸技術はそうした探査に活かせるため、数多く打ち上げられているNASAの火星探査機の裏をかくように、日本の探査機が火星でも世界初の成果を狙えるかもしれない。

MMXの工学側の取りまとめを行っているJAXAの川勝康弘准教授は、「MMXで火星圏の往還ができることが実現すれば、次は火星の表面からサンプル・リターン、また、より効率的なサンプル・リターンや探査機運用の技術の確立ができればいいなとも思います。また、毎年のように日本の探査機が飛ぶようになって、そこに海外の観測機器を載せて、逆に他国の大型の計画に日本が参加して、それが有人探査につながって……という流れを先導できればと思います」と期待を語る。

MMXは、単に「のぞみ」のリベンジとなる日本の火星探査というだけでなく、火星の衛星と、地球の水の起源という太陽系に残された大きな謎を世界で初めて解き明かそうとしている。そしてMMXから日本のプログラム的探査が始まれば、フォボスの次に火星、さらに他の天体へと、日本の探査機が次々に、そして継続的に飛んでいく時代がやってくるかもしれない。

そこで私たちは一体何を見て、何を知り、そしてどんな新しい謎に直面することになるのだろうか。

Writer

鳥嶋 真也(とりしま しんや)

作家、宇宙作家クラブ会員

国内外の宇宙開発に関する取材、執筆活動を行っている。主にロシア、中国などの宇宙開発を専門としている。 現在、マイナビニュース(http://news.mynavi.jp/technology/aerospace/)やハーバービジネスオンライン(http://hbol.jp/)などで、ニュースや論考を執筆中。

Webサイト:http://kosmograd.info/

Twitter:http://twitter.com/kosmograd_info

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