No.005 ”デジタル化するものづくりの最前線”
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クラウド化していく未来の工場

もっとラディカルな工場の未来を予言する研究者もいる。ポルトガル、ミーニョ大学のGoran Putnik博士が提唱するのは、「クラウド・マニファクチュアリング」、つまり製造業の完全なクラウド化だ。

クラウド化が進んだ工場には、まったく人の姿がなく、機械が自動的に製品を組み立てているように見えるだろう。しかし、この工場にはたくさんの人間の労働者が働いている。彼らは、インターネット上の専用SNSにログインし、現場から送られてくる映像を見ながら、レーザーカッターや3Dプリンターを駆使して製品を作っていくのだ。

Goran Putnik博士らは研究室内に実験用の製造設備を設置し、2350キロメートル離れたセルビアの大学からネット経由で機械の制御を行う実験をした。操作している機械からの映像の上に、操作ボタンを重ね合わせて表示することで、操作は驚くほどスムーズに行えたという。

工場がクラウド化することで、現場スタッフも在宅勤務が可能になる。スキルのある人ならば、特定の企業に雇われずに、世界中の工場で働けるわけだ。Goran Putnik博士は、こうした人々がSNS上でコラボレーションしながら、ものづくりしていく未来を描いている。

グローリー埼玉工場、そしてクラウド・マニファクチュアリングは、デジタル技術が高度化してきた時、いったい人間はどんな仕事をすべきなのかという示唆を与えてくれる。それは「何を、どう作るか」を考えるということだ。

製造業においては、工場に高性能なロボットを導入すれば、生産性が上がるというものではない。現場を理解した上で、創意工夫できる人材が求められる。

いずれは人間並みの五感を備え、自分で判断できる知能を持ったロボットが登場してくるかもしれない。しかし、そうしたロボットや自動機械を大規模に導入できるようになるまでには、技術的、コスト的な観点からいって、まだしばらく時間が(おそらくは数十年単位で)かかる。

今後、機械化される単純労働の種類は増えていくだろうし、機械によって雇用が侵食されるのも一面的には事実だろうが、その分、人の創意工夫の余地もまた広がっていく。

冒頭で紹介した『機械との競争』も、デジタル技術のもたらす未来については楽観的であり、経済学者ポール・ローマーが述べた言葉を紹介している。「もし新しい……アイデアがまったく発見されないとしたら、有限なリソースと有害な副作用のために成長が頭打ちにあることは、どの世代も理解している。だがどの世代も、新しい……アイデアを発見する可能性を過小評価してきた。どれほど多くのアイデアがまだ発見されずに眠っているのか、私たちはまったく把握できていない。可能性は単なる足し算ではなく、かけ算で増えていくことを忘れてはいけない」

未来の工場は一部の頭のよい人たちとロボットで作られるのではなく、1人1人の創意工夫によって作られていくのだ。

[ 脚注 ]

*1
「機械との競争」:MITスローン・スクール、デジタル・ビジネス・センターの研究者、エリック・ブリニョルフソンとアンドリュー・マカフィが2011年に出版した。
コンピューターが人間の領域を浸食することで、特に中間層の雇用が減り、高所得の創造的な仕事と低賃金の肉体労働へ仕事が二極化すると論じた。

Writer

山路 達也(やまじ たつや)

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーのライター/エディターとして独立。IT、科学、環境分野で精力的に取材・執筆活動を行っている。
著書に『Googleの72時間』(共著)、『新しい超伝導入門』、『インクジェット時代がきた』(共著)、『日本発!世界を変えるエコ技術』、『弾言』(共著)など。
Twitterアカウントは@Tats_y

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