No.005 ”デジタル化するものづくりの最前線”
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10万円のパーツから無限の可能性が広がる

増田恒夫さんと自作3Dプリンターの写真
[写真] 増田恒夫さんと自作3Dプリンター

3Dプリンターは、モーターで動くハードを制御ソフトで動かしている。動作原理はロボットと同じだ。形状も自由に設計できるため、パーツを自分で揃えれば、それだけ安価に組み立てられる。

10万円ほどで3Dプリンターの自作に取り組んでいるのは、ファブラボ関内のディレクターであり、茅ヶ崎で自身の機械系設計事務所を興した増田恒夫氏。

1956年生まれの増田氏は、自動車部品メーカーで5年、医療機器メーカーで26年に渡って製品設計に従事。会社を辞めた後、3Dプリンターの低価格化を体験する。それまではエンジニアとして「自分から作りたいものはなかった」と振り返る増田氏は「一人の満足のために機械を作ること」を究極の夢に掲げる。具体的には、個人向けにカスタマイズした医療機器や福祉機器の開発だ。

手始めに、昨年10月にCube 3Dプリンターを海外から1300ドルで購入。購入初期はネットからダウンロードした3Dデータを出力、1カ月を過ぎた頃に身の回りの日常品を作るようになり、その後はプロトタイプやスケールモデル(縮尺模型)の出力などの業務に使用するようになった。

今年3月にはデルタ式プリンター*9のキット(Rostock Max)を海外から購入。価格は約1000ドルで、納期も1週間程度と早い。だが、落とし穴があった。

「重要な部品に設計ミスが多かったのです。パーツの二次加工にも時間を要したので、組み上げるまで丸4〜5日かかりました」

その後、3D設計ソフトのSolidWorks*10で、自らデルタ式プリンターを設計。3年前に特許が切れた「パラレルリンク」という機構を採用している。

「ユニバーサルジョイント部を、鋼球とネオジム磁石の磁力によって駆動することで、高品質の造形ができる構造になっているのが特徴です」

鋼球とネオジム磁石の磁力によって駆動するジョイント部の写真
[写真] 鋼球とネオジム磁石の磁力によって駆動するジョイント部

ファームウェアや操作系ソフトウェアは、フリーソフトを活用。電源類はPCから流用した。レーザーカッターを駆使して、随所に3Dプリンターで出力したパーツを使っている。このプリンターを製品化する場合「現状では板金の方が安くあがるだろう」と増田氏。

自作3Dプリンターのパーツや電源部分の写真
[写真] 自作3Dプリンターのパーツや電源部分

なお、成形で使用する材料には、製作時に反りや変形のしやすいABS樹脂*11を選ばず、植物由来で熱収縮が少ないPLA樹脂*12の専用機とした。3Dプリンターのフィラメント(原材料)については、利用者が頭を悩ませるところだ。

「大手の産業用プリンターメーカーの製品は、プリンター自体が安価でも、メンテナンスと消耗品に大きなお金を注ぎ込むことになる。また、RepRapで使用するフィラメントでは、成分表示も樹脂の種類と色のみで、現状はクオリティに不安がある」

と3Dプリンターの欠点をつく。しかし、こうも指摘した。

「品質の割にはコスト高だし、使える材料にも限りはあるものの、産業用もRepRapも含め、現状の3D プリンターに過大な要求はせず、個人や中小企業にとって有効なツールの1つだと割り切って考えた方がいい」

ツールとしては発展の途上にあるが、可能性を夢見て多くのユーザーがつながる「ものづくりのコミュニティ形成」の魅力は捨てがたい。

「ある講演会の直前、プリンターのパーツであるプーリー(滑車)の樹脂部が破損してしまいました。Facebookで助けを求めたところ、あるユーザーが同じ型のプーリーを3Dプリントして送ってくれ、事なきを得たのです」

ギア部のアップの写真
[写真] ギア部のアップ

市民工房から広がりつつある、ものづくりのパーソナル化。増田氏はここに関わる人々が「社会の小さな問題を解決していく"シチズン・エンジニア"(市井の技術者)」として活躍することを願っている。

[ 脚注 ]

*1
フリーソフトを使って3D写真からフィギュアを作る:オートデスクの「123D Catch」は、複数の写真からクラウドサービス上で3D写真を作成するソフト(アカウント登録が必要)。写真を撮影してフィギュアを作る撮影コーナーには、整理券待ちの列が並んだ。
*2
17種類のマテリアルに対応したオンライン3Dプリントサービス:i.materialise社のサービス。日本法人も設立された。
http://i.materialise.co.jp/
*3
RepRap(レップラップ):オープンソースで作られた3Dプリンター。下記リンクを参照。
http://reprap.org/wiki/RepRap/ja
*4
カップケーキCNC:RepRapプロジェクトを使って初めてキット化された3Dプリンター。米メイカーボット社が2009年に発売。個人向けの安価な3Dプリンターとして現在のブームの礎を築いたとされる。
*5
第9回 世界ファブラボ会議FAB 9:世界50カ国200箇所以上の地域に広がった「ファブラボ」(デジタルファブリケーション機器を備えた、実験的市民工房のネットワーク)の国際会議。2013年8月21日から27日までの1週間、横浜で開催された。
http://www.fab9jp.com/
*6
CNCミリングマシン:コンピュータからの制御で3次元に動くドリルを備え、各種素材の切削が可能な機械(フライス盤)。
*7
ペーパーカッター:カッティングシートや用紙のカットができる機械(裁断機)。海外ではビニールカッターの呼称が一般的。
*8
フードカッター:写真の機材は刃のユニットを差し替えて、食材に飾り包丁のような加工を施せるもの。
*9
デルタ式プリンター:材料を射出するヘッド部を3組のリンク構造で吊るして、X、Y、Z軸に稼動させる方式の3Dプリンター。
*10
SolidWorks:仏ダッソーシステムズ・ソリッドワークス社が販売する3D CAD設計ソフトウェア。
*11
ABS樹脂:3Dプリンターで一般的に使われる素材。溶かすと粘りが強く、固まると強度が見込める。その半面、熱収縮性が高く、温めながら成型しないと形が崩れてしまいやすい。
*12
PLA樹脂:植物由来の成分で作られた素材。熱収縮性が低いため、大きな物体を成型しやすい。生分解性にも優れるが、ABSに比べて熱に弱いという弱点もある。

Writer

神吉 弘邦(かんき ひろくに)

1974年生まれ。ライター/エディター。
日経BP社『日経パソコン』『日経ベストPC』編集部の後、同社のカルチャー誌『soltero』とメタローグ社の書評誌『recoreco』の創刊編集を担当。デザイン誌『AXIS』編集部を経て2010年よりフリー。広義のデザインをキーワードに、カルチャー誌、建築誌などの媒体で編集・執筆活動を行う。Twitterアカウントは、@h_kanki

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