No.012 特集:にっぽんの自然エネルギー
連載01 スマート農業が世界と暮らしを変える
Series Report

スマート農業の圧倒的な成果

しかし、オランダ農業は変化に適応した。小さな農家が自らの経験を生かして作物を栽培する伝統的なオランダ農業では、輸入品との価格競争に勝てないと見て、付加価値の高い作物を、極めて高い効率で生産する農業へと、速やかに移行したのだ。そして、産業構造を輸出型農業へと変化させた。こうした農業改革を支えたのが、ICT技術をフル活用した「スマート農業」である。

スマート農業の効果は、圧倒的だ。例えば、オランダでのトマト栽培の単位面積当たりの収穫量は、欧州の最高水準にあり、日本の平均的な農家の約8倍である。日本の管理されたハウス栽培と比較しても、3倍強というすさまじい結果を出している。収穫量が多いだけではなく、作業の自動制御による省力化で人件費を抑え、コスト削減も図られている。品質面でも、オランダ産トマトは、鮮度、見た目、無農薬などの点で欧州の中で高い評価を受けている。

オランダを成功に導いた4つの要因

オランダ農業の成功の源泉は、「利益が出る作物への集中」「技術開発重視の農業政策」「市場原理に則った支援体制」、そして「ICTを駆使して生育環境を整える技術力」の4点に集約できる(図3)。日本の農業への応用を考えるうえで、オランダの事情との差異を精査することは重要だ。そこで、技術とはちょっと距離のある部分についても、少し丁寧に解説しておきたい。

オランダ農業を成功に導いた4つの要因
[図3] オランダ農業を成功に導いた4つの要因

まずは、「利益が出る作物への集中」である。オランダでは、トマトやパプリカなどの果菜類とチューリップなどの花卉(かき)を栽培する施設園芸が、栽培面積の79.8%を占めている。栽培する作物と品種は、競争力の高いものばかりだ。少数品目に集中することで、生産効率の向上に向けた技術・ノウハウの開発も進めやすくなった。その一方で、収益性の低い麦などの耕種作物の生産は限定的であり、多くを輸入に頼っている。

オランダで、このように生産品目の集中ができるのは、陸路を通じて近隣諸国に作物を輸出することが容易だからだ。政治的な安定が得られている限り、必要な作物の輸入による調達もしやすい。日本では食料の自給率上昇を目指して、コメの政策的な生産調整や農協の推薦品目のように、トップダウン的に作付品目を決定している。これに対しオランダでは、生産する品目の選定には、食料の自給率を上げる政策的な意図は介在せず、利益を追求した市場原理に則り、農業法人によって主体的に進められた。農産物を経済的な商品と考える背景には、17世紀にチューリップ球根の取引で世界初の経済バブルを起こした同国ならではの伝統があるようにも思える。

産業振興の基は技術、農業も例外ではない

次は、「技術開発重視の農業政策」である。自給率上昇を目指す農業政策では、農家を保護する税制や補助金が施策の中心になる。これに対してオランダでは、旧・農業省が経済省に統合され、農業はあくまで産業の一分野として取り扱うようになった。そして、農業政策では産業振興の観点から技術開発を重視した予算配分が採られ、農業予算の22%が研究開発に投入されている。

また、農業関連技術を扱う中学、高校、大学の役割を一元管理。最先端の技術開発と、それを活用して作物を栽培できる人材の育成を一貫して進める体制を整えた。具体的には、国内の農業大学と公的農業試験場を集約し、ワーゲニンゲンにUR(University & Research Centre)を設立。そこを中心に民間企業の研究機関を集めた世界最大の食品産業クラスター「フードバレー」を形成し、異業種間連携、産学官連携による技術開発を推進している。フードバレーには、ネスレ社、ダノン社、ユニリーバ社など世界各国から1500社を超える食品関連企業、化学関連企業が集まっており、日本からも、キッコーマン、ニッスイ、富士フイルムなどが参加している。

農業といえども、市場原理の中で育成する

3つ目は、「市場原理に則った支援体制」である。オランダでは農業法人に対して技術、金融、流通など多岐にわたる支援体制が整えられている。日本では、これらの支援機能を農協がすべて担っているが、オランダでは、民間企業が専門性の高い支援サービスを収益事業として提供している。

技術面では、フードバレーで開発された技術や製品を導入・運用する際に、DLV社など農業コンサルティング企業やGreenQなど民間農業試験場が技術支援を行う。DLV社は1890年に政府が創設した農業普及機関であり、1999年に民営化された。GreenQは農家が設立した農業試験場兼コンサルティング会社である。日本での農協や農業試験場による無償の栽培指導と異なり、有料のサービスであるため、厳しい要求に応える高水準のサービスが提供されている。

金融面では、民間金融機関ラボバンクが農業法人への資金提供を担っている。設備投資への資金回収が見込めれば大型案件にも融資する一方、兼業農家には融資しない。日本の農協が扱っている、補助金に紐付いた融資や、長期かつ低利で、返済時期不問といった融資はない。事業に失敗すれば、一般企業と同様に、農家であっても倒産する。ラボバンクは、国内の農業法人の多くが顧客であり、農業法人から集まる豊富なデータを生かした経営アドバイスも行う。生き抜くための資金と知恵は出すが、無条件で生かすことはしないということだ。

流通は、オランダでは小売り主導の仕組みになっている。2000年代には、小売側の安定・大量供給ニーズに応えるため、農業法人の大型化が進んだ。現在では、平均農地面積は約3haと日本の約10倍の規模となっている。こうした大規模な農業法人では、農産物の選別・梱包・運送などを自動化し、人件費を大幅に削減することが可能だ。一方、中小規模の農業法人は、物流を民間企業に委託することで人件費を削減している。こうした物流企業の競争は激しく、低コスト化と高付加価値化が進み、農業法人は自らの経営状況や能力に合わせて必要な機能を複数の企業から選択できる。

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