No.012 特集:にっぽんの自然エネルギー
連載01 スマート農業が世界と暮らしを変える
Series Report

第1回
オランダの奇跡と日本の新たな可能性

 

  • 2016.10.31
  • 文/伊藤 元昭
オランダの奇跡と日本の新たな可能性

人類がこれほど繁栄できた最大の理由は、生きるために欠かせない「食」を、持ち前の知恵を駆使して安定・潤沢に確保できたことにある。「食」を自らの手で作り出す農業は、人間にできて他の生物にできない、人間の生き物としての強さの根本にある営みだ。その農業が、人類の新しい知恵であるICT技術をフル活用することで、「スマート農業」と呼ぶ新しい姿に変貌しつつある。そのインパクトは、計り知れない。農業という産業だけではなく、人々の暮らしから世界各国の政策まで広範な影響を及ぼしている。本連載では、第1回でスマート農業をリードしているオランダの取り組みを、第2回でスマート農業を支える新技術と異業種参入の動きを、第3回でスマート農業が暮らしや社会に生み出す新しい価値をそれぞれ紹介する。

「オランダ農業にならえ」。世界各国の農業関係者と政府の眼が、オランダで目覚ましい成果を上げている新しいタイプの農業、「スマート農業」に注がれている。日本もまた、地盤沈下しつつある農業の立て直しの手本としてオランダの取り組みに注目しているところだ。2014年3月にオランダを訪問した安倍晋三内閣総理大臣も、同国の温室栽培施設を視察した(図1)。

オランダの施設園芸拠点ウエストランドを視察した安倍首相
[図1] オランダの施設園芸拠点ウエストランドを視察した安倍首相
出典:オランダ大使館

少子高齢化が進む日本では、農業従事者の減少と高齢化が加速している。生産しているコメや果物、食肉などは、その品質が世界中で高く評価されており、日本政府は新たな輸出品として育成しようとしている。しかし、いかに政府が旗を振っても、日本の農業は多くの国民にとって魅力的な産業には見えていないのが現状だ。文字通り泥臭く過酷な作業が伴ううえに、不安定な収入しか得られない仕事の代表とみなされている。

一方、世界に眼を移すと、農業の生産力向上に対する要求には、逼迫感(ひっぱくかん)がある。世界人口は増加する一方であり、食糧問題が深刻を極めているからだ。農地の開拓、品種改良、農薬や肥料の利用、大型農機の活用といった従来の農業の発展指針だけでは、とても増加分を賄い切れない。新たな視点からの農業の進歩が求められている。

一度、瀕死の状態に陥ったオランダ農業

こうした日本や世界の国々が抱える農業の問題に、新たな解決の視点をもたらしたのがオランダの「スマート農業」である。その成果は、驚くべきものだ。

本来、オランダは、農業に適した条件をまるで持ち合わせていない国である。国土面積は九州程度しかなく、日本以上に農地面積が狭い。岩塩混じりの土壌ばかりである。1年中曇天が続いて日照時間が極端に短く、北海からの強風が常に吹き寄せるため気温も低い。さらに、人件費も高いのだ。これだけ悪条件が重なっているにもかかわらず、同国の農産物の輸出額は2012年時点で866億米ドル、何と米国に次ぐ世界第2位である(図2)。日本のスーパーマーケットでも、オランダ産のパプリカなどを見かけるようになった。

オランダの施設園芸拠点ウエストランドを視察した安倍首相
[図2] オランダの農産物輸出額は世界第2位
出典:FOA統計から作成、写真はエンライトが撮影

オランダというと、チューリップ畑と風車に象徴されるのどかな田園風景を思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし、世界有数の農産物輸出国の地位についたのは、最近のことだ。元々農業が盛んな国ではあった。しかし、1980年代、当時の欧州諸共同体(EC)が進める貿易の自由化を契機にして、スペインやギリシャなど南欧で生産された安価な農産物が大量に輸入されるようになり事態は一変する。国産の作物が市場競争で敗れ、農家が瀕死の状態に陥ってしまったのだ。このあたりの経緯は、貿易自由化や関税撤廃によって農業の衰退を懸念する現在の日本の先行事例になっている。

Copyright©2011- Tokyo Electron Limited, All Rights Reserved.