No.012 特集:にっぽんの自然エネルギー
連載01 スマート農業が世界と暮らしを変える
Series Report

植物の潜在能力を最大限に引き出す

ここまで見てきた3つの仕組みや政策に加え、農業を市場経済社会に適した産業にするための鍵がICTだ。ここからは、本連載の核心となる「ICTを駆使して生育環境を整える技術力」について解説する。

これまでの農業では、大規模化、作業の機械化、品種改良、農薬・肥料の投入によって、収穫量の向上を目指していた。しかし、オランダの飛躍を支えたスマート農業は、これら伝統的な方法とは異なる新しいアプローチによるものだ。植物の生理を科学的に解明し、ICT技術を駆使して生育環境を整えることで、収穫量の向上と高品質化を目指している。

また、これまでの農業は、経験や勘に基づく属人的な技能を頼りにした産業だった。作物の種類や地域、法人の規模によって程度の差はあるが、工業製品を作るものづくりの分野などと比較すると、世界中どこでも同じような傾向が見られる。特に日本では、コメ作り名人やリンゴ作り名人など篤農家が、豊富な経験と手間暇を惜しまない作業によって、外国産を圧倒する高品質の作物を生産している。しかし、少子高齢化が進む日本では、後継者不足からその高度な技能が継承されないまま廃れてしまう危機に直面している。スマート農業は、こうした属人的な技能をICTシステムに写し取り、継承と展開が可能な技術へと昇華させる。

適用範囲を広げるスマート農業

スマート農業は、適用する場所や作物の違いに着目すると、「植物工場」「施設園芸」「露地栽培」の3つに分類できる。オランダでは、生育環境を整えやすい施設園芸から実践が始まり、より大きな効果が期待できる植物工場へと、その適用範囲を広げている。露地栽培に関しては、日本を含むオランダ以外の国々で適用が試みられているが、これに関しては、次回以降に解説しよう。

植物工場は完全に密閉された環境で、温度、湿度、CO2濃度などを制御し、主に葉物野菜を水耕栽培している。光源は、蛍光灯やLEDなどの人工光のみだ。特にLEDは植物の成長を促し生産性を高めるメリットがある。施設では、クリーンルームの利用により、生菌数を極端に少なくすることもでき、日持ちする作物を作ることが可能になる。

露地栽培では、屋外の田畑の生育条件を管理・制御することで、根菜類やコメなどを栽培する。光(日照)や湿度などの栽培条件は天候次第。環境をモニタリングすることで、作業状況の管理、作業の自動化などのスマート化を進めている。

スマート農業はIoT応用の代表例

オランダで行われている植物工場や施設園芸では、土ではなく、岩を原料にしたロックウールに苗が植えられ、そこに水や養分などを自動的に供給して栽培する(図4)。ハウス内の各所に設置したさまざまなセンサーを使って、温度や湿度、光量、光合成に必要なCO2の量、風速などを検知。コンピューターがこれらのデータを解析して、植物の光合成が最も効率よく進む環境を自動的に作り出す。つまりスマート農業は、IoT(インターネットオブシングス)システム応用の代表例だといえる。

オランダのトマトを生産する施設園芸の様子
[図4] オランダのトマトを生産する施設園芸の様子
(左)ロックウールに植えられた根本の部分、(右)トマトが実っている様子
出典:「セイル・オン農場だより」

温度や光量といった個々の生育パラメーターと収穫量や品質の相関に基づく生産手法は、古くから検討され、実践されていた。これに対し、オランダのスマート農業で用いている環境制御システムの特筆すべき点は、複数の生育パラメーターを統合的に分析し、環境の制御に利用している点にある。より複雑な条件の組み合わせの中から、現状の作物の状態に最も合ったものを探りだす。これは、ビッグデータ解析の技術そのものである。

さらに、気象予測に基づいて、温室内環境への影響を最小化する技術も確立されている。雨が降る予報が出れば、事前に温室の天窓を自動的に閉じ、晴れの予報が出れば、シェードやカーテンを自動的に開いて、先回りして環境を整える。従来はこうした作業を、農家が手動もしくはスイッチ操作で行っていた。

農業という産業はICT産業の対極にあるように見える。しかし、これまで両産業の融合が進んでいなかっただけであり、一度接点が見つかれば、果てしなく大きな成果が得られるだろう。未開の地に、突然高度文明が伝来したようなものだ。これは、医療や福祉、建設、物流など、さまざまな産業での応用が想定されるIoTシステム全般についていえる。

オランダでは、農業に特化した環境制御システムを、農業コンサルティング企業と制御システムメーカーが連携して開発し、実用化した。オランダのプリバ社、ホーゲンドーン社、ホーティマックス社などが、環境制御システムを提供する代表的な企業である。これらの企業は、経験や勘といった属人的な農業技能を、データを基にしたシステム化することで、技術の伝承と拡散、新規就農者への展開を容易にした。これらの企業は、既にアジアを含む海外展開にも積極的に取り組んでいる。

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