No.012 特集:にっぽんの自然エネルギー
連載01 スマート農業が世界と暮らしを変える
Series Report

オランダ農業を憧憬する日本

スマート農業の波は、日本にも押し寄せつつある。日本の農業所得は減少の一途を辿っており、1990年度から2011年度までの22年間で、約半分の3兆2000億円にまで目減りした。2010年以降、新規就農者数は5万人台で推移しているが、新規就農者の3割は、生活が不安定であることを理由に5年以内に離農しているのが現状である。

そんなジリ貧の日本農業にとって、数々の悪条件を克服して成功したオランダ農業は、眩しく仰ぎ見る存在だ。農林水産省は、オランダ農業の成功にならい、2013年12月に「農林水産業・地域の活力創造プラン」を策定。スマート農業による効率的な農業経営と、高度な栽培技術の形式知化(明文化とシステム化)を後押しする政策改革に取り組み始めた。また、安倍内閣は「日本再興戦略」(2014年)において、農業を新たな“成長エンジン”と位置付け、国際競争力の強化と輸出額の増加を目標に掲げている(図5)。

日本政府が掲げる農林水産業の輸出増大目標
[図5] 日本政府が掲げる農林水産業の輸出増大目標
出典:農林水産省「攻めの農林水産業」の実現に向けた新たな政策の概要〔第2版〕

日本が目指すべきスマート農業とは

ただし、オランダが成功した方法をそのままなぞっても、日本が成功することはできないだろう。その理由は、先に挙げたオランダ農業を成功に導いた4つの要因と日本の農業の現状、市場特性を精査すると浮き彫りになる。農協の役割など制度上の違いもあるが、ここでは根本的な改善が困難で、適応が求められる点について触れたい。

まず、日本の農業の強みは、高品質な作物の栽培で発揮される。高効率な栽培を追求するオランダ農業とは目指すものが異なる。また、得意な作物には、植物工場や施設園芸では扱いにくい、コメや果物など露地栽培するものも多い。こうした背景には、価格重視、味重視、栄養価重視、安全性重視など多様なニーズを持つ日本の消費者がいる。さらに、日本の国土は南北に長く、多様な気候・文化があるため、気候に応じた栽培方法が必要になる。そもそも日本は島国であり、葉物野菜をはじめとする鮮度が落ちやすい作物を低コストで輸出入することが難しい。このため、欧州のような周辺諸国との分担生産体制が取りにくく、活発な輸出入を前提とした作物のしぼり込みが困難である。

つまり、日本でのスマート農業の応用を考える場合には、多様なニーズと多様な作物や農業技術を的確につなぐ、柔軟な環境制御システムの開発と利用が前提になる。ただし、こうした課題はIoTシステムを応用する各分野で共通した課題であるといえる。例えば、ものづくりの分野では、消費者一人ひとりの多様なニーズに合った仕様の製品を、生産工程を柔軟に変えながら作る「マスカスタマイゼーション」が、IoTを活用して技術開発が進められている。その代表的な取り組みが、ドイツで進められている「Industrie 4.0」だ。こうした製造業の分野で進められている技術開発を、いかにして農業の分野に応用していくかが、日本でスマート農業を成功させるための鍵になる。

高品質な農作物を生産することに関しては、日本の農業は世界をリードするポジションにいる。これをシステム化して世界に展開できれば、日本の農業技術が世界を制覇することさえ夢物語ではない。第2回では、日本の製造業が農業の分野に参入している事例を紹介し、さらにスマート農業をさらに高度化し、適用範囲を広げていくための技術を紹介する。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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